ASDでACの妻と
アスペルガーのこども2人を持つ
定型夫の研究帳を公開します。

Category:軽度アスペ・ACな妻

アスペ妻の記録~残されたもの~

2014-08-29 Category:軽度アスペ・ACな妻

書いてある内容をちらっと

残されたもの

目を覚ますとリビングから子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。ガサガサと包み紙や袋を開ける音と、興奮気味な彼らの声、母や妻の笑い声。
昨晩の安心感でどっと疲れが出たようだ。もう昼に近い時間、母は昨夜に孫達をおもちゃ屋さんに連れて行くと言っていたが、どうやら寝ている間に子供らを連れて行ってくれたらしい。まだボンヤリする頭のまま顔を出すと、各々自分の買ってもらったおもちゃに目を輝かせている子どもたちの姿があった。
私『ああ、ごめん。今起きたよ。連れてってくれたんだね、ありがとう』
母『最近のおもちゃって凄いのね! この子らの反応も面白かったわ』
妻曰く、長男はいつも通りに『最大限の葛藤』をしながらも、パニックを起こすこともなく、最終的に選び抜いた物を選択。次男はすでに決まっていたのか、売り場を探すのに迷っただけで、見つけ次第決定。そして娘は興味を惹かれたアイテムを、ひと通り手に取り眺めた後、ひとひとつを吟味して消去法で選び抜いた。
母『次男くんは凄いわね、もうパッパって決めていくの。途中、くじ引きみたいなのもやったんだけど、最初から欲しいものが決まってる感じね』
母はしきりに次男の反応に面白さを感じていたようだ。そう、これは私たち夫婦も、次男がおもちゃを欲しがるようになった頃に初めて感じたことで、おもちゃの欲しがり方や選び方、そして交渉に持ち込むプロセスが分かりやすく【こども】を感じられるのだ。
長男と娘の同年齢の頃は、何が欲しいかもさっぱり分からず、おもちゃ屋さんに連れて行けば目が座り、泳ぎ、ウロウロおろおろと落ち着きがなくなるばかり。大きく癇癪を起こすことはなかったが、思いつめるような深い葛藤を感じる、ある種のどこか子どもの背負うべきではない重さを感じさせられていた。
───まるで【選び出す】という作業が、人生の一大事であるかのような極端さ。
母が次男の反応を楽しんでいるのも分かる。この反応や流れは長男と次男には見られなかったものだ。母も祖母になってから初めて、一般的な孫のおもちゃ選びを体験したのだから。しかし、私にとっては妻から聞いた様子の中では、娘の反応に一番驚いていた。
“ひとひとつを吟味して消去法で選び抜いた”───?
いつもその場で複数同時の欲求にオーバーワークを起こし、何度も何度も行ったり来たりしながらおもちゃを手に取り、毎度半ばハングアップ気味で【最後にパッと目についた物】を選んでしまうばかりだった娘。その彼女が吟味しながら消去法で欲しい物を選択した。
6歳になったから成長した? 
いや、消去法に持ち込むということは、文字通りそこへの注意を“消去”していく選択方式だ。彼女がここに持ち込むには、
1:沸いた欲求に折り合いをつけるだけの情報を読み取る
2:冷静にそれらの情報から自分に合っているかを判断
3:その選択を止めるだけの材料を見つけて納得

4:その選択をあきらめる

というような流れが必要になる。

つい最近まで、パッと目に入った物にとらわれ、それが全てになってしまったり、そうでないと許せないと思い込んでしまっていた彼女が、私のいない所ででも目先の物に心奪われず、『選び出す』という決めた目標を遂行した。これは画期的な出来事だ。ちょっとやそっとの成長ではないことは、今までの彼女を知っていればすぐに理解が出来る。
これはただの成長ではない、概念の獲得だ。
選び抜いた戦利品は、『お姫様変身セット』。直前まで選択候補にあったのは、『着せ替え人形セット』である。これらに絞られたのも彼女らしいといえば彼女らしい。“おしゃれ・かわいい”が好きだということもあるが、彼女がこれらを選ぶ理由は、【中身がすぐに分かるから】。
こういうおしゃれ系の玩具は、しっかり選べるように中身が見やすい箱だったり、ラッピングされているだけだったりする。それに対して、箱に入っていて電池で動くタイプのおもちゃは、複雑であることが多く、また箱の写真ではその遊び方が想像できないというのがその大きな要因の一つ。今までの彼女はそれらの箱物のおもちゃの説明を大人にされると、その意見に合わせてしまい、それが自分の欲しいものだと勘違いして選択していたのだ。そして、結局満足を得られないで終わる。
今回、娘はそう言った箱物おもちゃの説明を受けながらも、しっかりと自分の考えで選べるおもちゃを選択しきった。
母『あら、素敵ね! 明日お家に帰る時も着て行ったらどう? みんな振り返るんじゃないかしら。保育所にも着て行っちゃったりしてね』
娘『へへへ、でもね、これはお家の中だけで着ようねって約束で買ってもらったんだー♪』
早速衣装を身につけて、恍惚としている娘を焚きつけようとする母に、娘は冗談に冗談を返すような軽い表情で返していた。……ちょっと待て。これは本当にあの娘か?
自信に溢れているのではない、今までが自信をもたな過ぎただけだったのかもしれない。今、彼女が母からの甘い囁きに、オドオドや険しい表情で対応していないのは、ここ最近会話のやりとりが止まらずに楽しいまま進められるのは、おそらく【自分の意見を吟味できるようになった】からだろう。以前の彼女は自分の評価を常に人に預けていたので、自分の意見がそぐわなければ人間関係に関わる重大なことであり、そこにとらわれることであらゆる余裕を失っていたのだ。
娘が私との距離感をつかむことに成功してから7ヶ月。この短期間で彼女が得てきたものは、ひとつひとつは小さくても、人の発達で考えれば計り知れない成長を遂げている。彼女が得てきたものの多くは、【自分と他人との違いを知るための尺度】に関わることである。
自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)は、社会性や社会的なコミュニケーションに支障を持ってしまうことが大きな特性の一部だが、娘が起こしていたことの問題の多くは、ほぼここに集約されていたということである。
もちろんまだまだ社会性の部分には課題があるが、この帰郷で確認できた成果には、今後の骨組みや基礎などが薄っすらと出来上がってきているのを感じていた。
ここに来るまでには、枝で作られた鳥の巣のように、何層にも渡って複雑に絡み合った“ズレ”という障害物を、一本一本抜き捨てながら、時に目の前の一本を抜くために、他の数本の障害物を取り払う作業が積み重ねられてきた。そうして娘の中に残されたものは、【人は人、自分は自分】と距離を保つための、自分と向かい合える姿勢だった。

別れの朝

その日、父は朝から仕事に向かわねばならなかったため、ゆっくり話すことは叶わなかったが、みなで写真を撮り、父を送り出すことは出来た。
父『おう、おう。じゃあな、うん、うん』
長男・娘・次男『ジィジ、じゃあねーーっ!!』
父『お、おう。うん、また来いな……』
私『ありがとうね。これからはちょくちょく顔出すよ』
父『うん、うん』
つん、と後悔が胸を突いた。
父の背中には数年分の孤独がこびりついている。父にもその原因はあるが、そこにあったのは等しくお互いの“認知のズレ”だったのではないだろうか?
父と母の確執、私と母の確執。私たちは大きく間違えていたのだろうか。いや、それこそ今、母が抱えていた“乗り越えた者の振り返り”だ、私たちはやっと正しい方法を見つけたばかりなのだ。その原因を冷静に見つめ、お互いの落とし所を見つけていけばいい。
何より、自分たちの落ち度ではなく、“認知のズレ”が原因だったと分かれば、過去のキズもただの擦り傷だったと肩を楽にできる。今回の帰郷は許しを乞うためのものではない。進むための意思表明でもある。そしてその目的は達成された。
父を見送り、片付けや掃除、荷物の積み込みを済ませ、出発までの時間をくつろいでいると、ふと子どもたちがはけ、母とふたり話す機会が生まれた。
母『でも、本当によかったわ。あの娘も明るくなったし、あなたも顔が明るくなったわ』
私『うん。何と戦ってたのかが分かればね。もう虚しい積み重ねじゃないから』
母『……長男くんも、やっぱりそうなの?』
私『……うん。ただ、娘に比べればかなり自閉傾向は薄いから、外ではまずそう思われることはないけどね。本人も戸惑いを外に出さないようにしてたりするから。ただ、幼い時は手が付けられなかったよ。こんなに大変なのかって本当に不安だった』
母『そう……。でも、今が上手くいっているし、この先も何も分からないで本人や周りが戸惑うより、分かっていて対策していける方が幸せかもしれないわね』
“分かっていて対策していける方が幸せ”その通りだ。
“こうした方がいいのに”と思いながらも、それを相手に伝えることが出来ない。アスペルガー当事者のパートナーを持つ女性が陥る、カサンドラ症候群の象徴的なズレの描写であるが、このズレに対処していくためには、どちらかが仏になるのではない。お互いにズレを理解していかなければ始まらない。
これは夫婦関係以外でも家族以外でも、どこでだって起こりうる縺れで、ASD同士でも定型同士でも認知や通念が違えば誰でも起こりうることだろう。
もう自己評価の低下に縛られなくなった母は、決めつけたり守りに入ることはなく、かつての様におおらかな姿勢で話をしていた。
よく【人の幸・不幸は本人のとらえ方次第だ】などと言われるが、正にその通りだと実感させられた。性格が前向きだとか、自分に自信があるとかではない。幸か不幸かの二極で考えるのではなく、今自分がどうあるべきかを見えていることが大きいのではないだろうか。それを見失うと二極でしか物事を測れずに、またその間意外にも世界や選択肢があることを忘れてしまう。
ギリギリまでそんな話をして、いよいよ帰路につく時間を迎えた。

兆候

実家を出発して半分ほどが過ぎた時、妻と運転を交代してもらい、助手席で休んでいるとふいに後部座席の長男と娘が騒ぎ始めた。だんだんと声が大きくなり、お互いに刺激を求めるのを競い合うように、意地悪なクイズのふっかけや、喧嘩になりそうなギリギリのちょっかいを出し合っていく。長い運転に子どもは飽きるもので、機嫌が悪くなったりもするものだが、この流れはわが家ではルールにより禁じられている。
競い出すと止められなくなり、騒ぎたくなり、相手が思い通りにならない事に憤り、やがてケンカ。冷静になりだすと今度は自責で硬直し、回復するのに多大な時間を要することになる。ふつう子どもならみんなやりがちだが、止めどころを作れないわが家の上二人は、残念ながら他がやっていても自制しなければならない事のひとつ。
そしてこれは車に乗った時に必ず声がけをする儀式のひとつでもある。
・車の中では“3の声”
・車の中では勝とうとしない

・シートベルトは絶対にちゃんとつける

以前、遠出の際に失敗した【3つの約束】である。
助手席から振り返って長男を見ると、彼はパニックを起こしている時のような、独特の座ったような目と眉間に力が入ったようなこわばった表情になっていた。
私『ほれ、車の中では?』
娘・次男『3の声』
長男『…………』
長男は口元を微妙に歪め、青白い顔をしたまま中空を見つけている。そして、ふっと私と目が合うと顔を土気色に変えて目をそらした。時折感じる、今までの関係が嘘だったかのような、いわれのない距離感。
私『ん、どうした長男。ジィジたちとのお別れが悲しかったの?』
お別れの時はあっさりしているのに、分かれて数時間後に急に沈み込み『寂しい……』とつぶやく。彼には時々見られることだ。しかし、どうも様子が違う。彼は今、その何かの感情を私に対して向けているようだった。
長男『……ん……』
小さく呻くような反応が返ってきただけ。私に対してバツが悪そうに、しかし、何をバツが悪いと感じているのか本人もわからないと言った様子。
私『ん? もしかして今注意されたことで、凄く悪いことしちゃった気になってるの?』
長男『……んん……』
微かにうなづく。
私『ああ、だからさ、君を否定するわけでも、君が悪いやつだって言っているのでもないよ。今、娘と競い合いを始めたでしょ? それ、後でケンカになったり、嫌な気持ちをつくる原因になっちゃうから止めてってこと』
長男『はい』
瞬間的に表情が戻った。しかし、やはりどこか元気がない。長旅の疲れだろうか?
だんだんと表情は硬直していき、やがてまたパニックの様な表情になると、黙りこみ車内に嫌な空気が流れ始めた。ルームミラー越しにも目が合わないように、こちらを意識しながら特定の位置に視線を向けて固まっている。
4年ぶりの祖父との再会、別れ、環境の変化はやはりキツかったのだろうか? 家に帰ってぐっすり眠れば、明日にはまたいつもの笑顔が戻ってくるだろう。その時はそう考えていた。
私は七ヶ月前に大きな忘れ物をしていたのだ。
彼の表情はそれが蠢きだす兆候に他ならなかった。

【つづき】⇒アスペ妻の記録~灰色の誤算~

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  • 夫。30代。
    定型。フリーのデザイナー。
    自宅で仕事をするかたわら、家事・DIY・訪問営業撃退に勤しむ。 本人は定型だが、何かしら発達障害との縁が深い。
    心労と過労で3度倒れ、一時はうつ状態に。 ところがどっこい完治なタフガイ。

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