妻
書いてある内容をちらっと
晴れない煙
長男と娘は安定していて、次男もいつも通り。
妻も眉間に薄っすら力の入ったような、あの小パニックを表す表情はなく、通常通りの暮らしが送れているようではあった。
妻も眉間に薄っすら力の入ったような、あの小パニックを表す表情はなく、通常通りの暮らしが送れているようではあった。
表向きには。
これはわが家の自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)当事者3人に共通しているもので、
“ぱっと見ふつうだし、受け答えややるべきことはできているが、絶妙に表情の硬さや反応の鈍さが見られる”
というような時があるのだが、それは重箱の角をつつくような観察眼でもない限り、初期に発見することはできない。これは結局、完全なパニックやフリーズに移行してしまうのだが、それを止めるにはこの初期段階で止める必要がある。
“ぱっと見ふつうだし、受け答えややるべきことはできているが、絶妙に表情の硬さや反応の鈍さが見られる”
というような時があるのだが、それは重箱の角をつつくような観察眼でもない限り、初期に発見することはできない。これは結局、完全なパニックやフリーズに移行してしまうのだが、それを止めるにはこの初期段階で止める必要がある。
今、妻に起こっているのはまさしくこれで、遅かれ早かれ彼女はまた失速し、生活がストップするほどのパニックに陥っていくだろう。
初期で止められなかった場合、この期間はだいたい1~2週間かかることが、今までの経験から分かっている。ただそれも彼女がつまづいたものを、的確に見つけ出して、納得がいくように話ができた時のこと。
つまり彼女は今本当の意味で正常ではない入り口に立っている。ではなぜ今、その重箱をの角をつつく観察眼が必要な、彼女の初期パニックを見抜けたかと言えば【把握できているパターンにあてはまった】からだ。
彼女はまだ先日の“恐竜イベントへのお出かけ”でやらかした失敗を引きずっているのである。今、わが家に薄っすらと漂っている煙は、彼女の中であの日に点いた火が、どこかでまだくすぶっていることを意味する。
ノー・アイディア
正直な所、私ももうどうすればよいのかわからなくなっていた。
打てる手としてはこうだ。
打てる手としてはこうだ。
A・今彼女が引っかかっていることを、一緒に考えてより問題を軽くする
B・彼女が思い悩んでいることが、実際はどれだけの重さなのか正しい認知を据える
C・放置して自分からアクションを起こそうとするのを待つ
B・彼女が思い悩んでいることが、実際はどれだけの重さなのか正しい認知を据える
C・放置して自分からアクションを起こそうとするのを待つ
まず、【C】は起こりえないことで、数ヶ月の喪失を覚悟する必要がある。地力で自分の立ち位置や意図を取り戻せるのなら、彼女はパニックに陥ってはいないのだから。
【A~B】が今は最善なのだが、何を私がわからなくなっているのかといえば、
【これをあとどれだけ繰り返していけばいいのだろう……】
という、自分の中の疲労感と寂しさのようなものとのつきあい方である。
【これをあとどれだけ繰り返していけばいいのだろう……】
という、自分の中の疲労感と寂しさのようなものとのつきあい方である。
今まで、似たような事が起きた時は、毎度この【A~B】を選択し、その度ごとに彼女の中にかけていた考え方や発想を見つけてクリアしてきた。しかし、回数は減り、奪われる時間が短縮できてきてはいても、やはり彼女が自発的・積極的な部分を要する問題に直面するごとに起こってしまう。
もうこればかりはどうしようもないのだろうか……?
いや、それも越えられるであろうことは分かっているし、それらには時間がかかることも分かっている。しかし、このまま片肺飛行の様な暮らしで、私の体力が持つのかどうか、その自信の無さが私を苦しめていた。
妻が苦手なことがあるのは仕方がないし、協力していくつもりはある。しかし、些細なことでいつも彼女は生活ごと沈めてしまうために、その時に抱えていた将来への布石となる物事や、勉強、計画などが毎度頓挫してしまっているのだ。
これではお互いの【得意分野を助けあう】とはならない。
昔とった杵柄
妻がモヤモヤし始めてから一週間が過ぎてしまった。
いよいよ彼女の余裕はなくなりつつあり、私への態度がよそよそしく、常にご機嫌伺いのような状態になっていた。
いよいよ彼女の余裕はなくなりつつあり、私への態度がよそよそしく、常にご機嫌伺いのような状態になっていた。
そんな時、私の友人が電話をくれた。
声を聞くのは2年ぶりくらいだろうか、彼は私がこの土地に来る前に、一時務めた職場の営業仲間の一人だった。
彼とは笑いの方向性が非常に近く、社員旅行の一発芸大会でコンビを組み、ネタ一つで1等の保冷式浄水サーバーをゲットした仲である。
声を聞くのは2年ぶりくらいだろうか、彼は私がこの土地に来る前に、一時務めた職場の営業仲間の一人だった。
彼とは笑いの方向性が非常に近く、社員旅行の一発芸大会でコンビを組み、ネタ一つで1等の保冷式浄水サーバーをゲットした仲である。
久しぶりに、実に久しぶりに汗ばむほど笑った。
1時間ほど話した後、またお互いに連絡を取り合っていくことを約束し電話を終えたが、彼といた営業時代の記憶が鮮明に蘇ってきていた。
1時間ほど話した後、またお互いに連絡を取り合っていくことを約束し電話を終えたが、彼といた営業時代の記憶が鮮明に蘇ってきていた。
私が彼に対し一目置き、それに習ったことがひとつある。
それは“謝り方”である。
それは“謝り方”である。
彼の“謝り方”は非常に上手く、問題になりそうな雰囲気を察知すれば、即座に手を合わせて『ごめんねぇ~』とやる。また、本当に怒らせてしまった時は通常通りの謝罪の後、わだかまりを残さないよう、必ず後のフォローを入れるのだが、さり気なく手を相手に添えられるように、距離を詰める話術を展開し、そのパーソナルスペースに入る頃には冗談に昇華させていた。
彼のこの上手さのポイントは、タイミングや声のイントネーションの使い分けはもちろん、何よりその距離感の詰めの絶妙さだ。
そうして、やや小太りな彼が上司のパーソナルスペースに入り込み、そのままオフィス内でキャッキャウフフの追いかけっこに発展する姿を思い出し、にやけていた時だった。
【ああ、妻はこれが出来なかったのか!】
縁や偶然の一致とは凄いものである。私が悶々としていたこの1~2週間を、2年ぶりの彼の電話がその解決の糸口になるとは……。
残り火
子どもたちが寝た後、カチコチになりかけた妻を呼び出し、いつものように話を始めた。
彼女もすでに自分がなぜ呼び出されているのかが分かっているようではあった。
彼女もすでに自分がなぜ呼び出されているのかが分かっているようではあった。
私『ずっと凄いなぁって思ってたんだけど、ほら、あの職場の時の○○くん。彼の謝り方が凄く上手かったんだよ』
妻『……謝り方?』
彼とは家族ぐるみでの付き合いもあったので、妻にも面識はある。
私『そうそう、彼は場合によっては目上の人でも“うっわ~ごめんなさい”とか、イントネーションで気持ちを伝えながら、ぎりぎりタメ口を利用して、ネガティブな姿勢になりきらなかったりするんだよね』
妻『あー……』
私『でもね、何より凄いのが相手を怒らせちゃった後に、“ごめんねぇー、俺こう言うのちょっと苦手でやらかしちゃうんですよね。今後気をつけますんでちょっと教えてくれますか?”とか、どこまでヨイショでどこまでが冗談か分からない感じで近づいていくんだよ』
妻『ヨイショ?』
私『相手が笑っちゃうような、どこまで本気か分からない下手の出方するの。そうするとさ、相手はもうムスッともしてられないから話ししちゃうでしょ?』
妻『ああー、そうだねぇ』
私『で、自分も相手のやわらかくなった顔が見られるから安心できるし、さらにちょっと手を相手に添えて軽~い感じで最後のひと押しの“ごめんなさい”するんだわ。で、続けて“次からは~~に気をつけますんで”とか具体的に改善点を言うの』
妻『………なるほど』
私『じゃあ、ちょっと真似してやってみようか』
私は寝室の片隅で正座をしながらやや上を見上げた。
妻『ご、ごめんねぇ……』
私『重い』
妻『ご、ごーめんね……』
私『訛ってる』
彼女は軽く深呼吸し、口元を少し緩めながら仕切りなおした。
妻『ごめんね! 私、怒らせちゃった後とかどうしていいかわからなくなっちゃってさ』
私『うん』
妻『次からはさ、なるべく今この練習みたいにやってみるよ』
私『やっぱり自分でわかってたんじゃん。……でも、すごくいいんじゃない?』
妻『えへへへ……そうかな? うへへへへ』
もう彼女が何に対してパニックを起こしていたのか、確かめる必要もなかった。
このやり取りで彼女の顔が明らかにリラックスできていた。どうやら彼女は、薄っすらと残る罪悪感がこびりついたまま、私の機嫌を伺うあまりに、私の表情を読み取れなくなっていたようだ。そして、【なにか話さなきゃ】と自らにオープンクエスチョンを投げかけるのと同じような、答えのない方向に過集中していってしまう……。
これは長男が幼いころ、私の真顔が苦手だったのと同じ原理だろう。
このやり取りで彼女の顔が明らかにリラックスできていた。どうやら彼女は、薄っすらと残る罪悪感がこびりついたまま、私の機嫌を伺うあまりに、私の表情を読み取れなくなっていたようだ。そして、【なにか話さなきゃ】と自らにオープンクエスチョンを投げかけるのと同じような、答えのない方向に過集中していってしまう……。
これは長男が幼いころ、私の真顔が苦手だったのと同じ原理だろう。
わが家に煙を漂わせていた残り火は、たった今消えたようだ。
何よりこの一件で得た大きな成果は、彼女がパニックを起こしているのは、単純に起こした問題の得手不得手だけではなく、その後の気まずい空気が自分の中に漂っているのを、現実の世界にまで漂っていると勘違いしていたことの発見だった。
思い込みで見えている息苦しい世界なのであれば、地力で復活するのが難しいのは当たり前なのかもしれない。
彼女はこれをしばらく自分のノートと大判のホワイトボードに掲げ、意識的に実践していたようだった。
【気まずくなったら、それを言え!】
“ごめんね~”から入り、気まずい雰囲気の元になった自分の落ち度をさらっと認め、次からは起こさないと軽く誓うことで事態を終わらせる。
これにより彼女が沈み込む頻度が30%ほど減った様に感じられている。
それもそのはず、小パニックの発生が、問題発生時とその後の事後処理時にも起きていたのが、事後処理時の部分がなくなったようなものである。小パニックの発生はやがて大きな混乱やフリーズを生むことを考えると、その種がふるいにかけられたということだ。
それもそのはず、小パニックの発生が、問題発生時とその後の事後処理時にも起きていたのが、事後処理時の部分がなくなったようなものである。小パニックの発生はやがて大きな混乱やフリーズを生むことを考えると、その種がふるいにかけられたということだ。
救われたのは彼女自身もであろうが、なにより私が刃物の上を渡り歩くような、妻からの緊張感ある意識を向けられずに済み、肩が軽くなっている。
【つづき】⇒アスペ妻の記録~渾身の弱音~
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