ASDでACの妻と
アスペルガーのこども2人を持つ
定型夫の研究帳を公開します。

Category:軽度アスペ・ACな妻

アスペ妻の記録~祖母への告知~

2014-05-25 Category:軽度アスペ・ACな妻

偽物の家

妻に【違和感があったらそれをすぐに言う】と提言してから数ヶ月。要約すればこんな流れが続いていた。
1:娘のよそよそしさを妻が指摘、状況によってすぐに自室で休ませる。
2:娘が安定してくると、妻が安心しきり、反応をしなくなる。
3:ゆるやかに娘が私を意識する時間が増えていく。
4:問題が大きくならないうちに妻にも指摘するも、自分に対し後悔・絶望・自責。
5:余計に妻の余裕がなくなり、結局娘も硬直や癇癪を起こし、ひきこもり状態に。
6:まず、数日掛けて妻を落ち着かせ、なぜ娘が見られなくなったかを確認、対処。
7:リスタート。
これを1~2週間スパンで繰り返し続けていた。
結果、娘はこのパターンを再現することに忠実になる。まるで火のない所に煙を立たせるような、言いがかりに近い娘の『硬直』。いや、本人はもう何をしているのかも分かっていないのではないだろうか。ただただ同じことを繰り返そうと躍起になり、阻止しようとすれば癇癪や問題行動を起こす。
妻はこのパターンに一切気が付けず、また、指摘されることにより焦りが入って余計に事態を観察できなくなってしまう。
………また、手詰まりだ。
さらに娘は自室に戻されると、そこから出てはいけないとでも思い込んでいるのか、トイレすら自分で行こうとはしなくなる。そして本人もそれを『失敗』とも感じていない様子だった。どこかそうやって世話をされていることを喜んですらいるようだった。
家族はひとりでも浮いているものがいれば、どこか空気が停滞してしまう。わが家でもそれは同じことで、気が付くと音を立てないように生活していたり、娘のいる部屋から音が聞こえると手が止まったりしてしまう。
そうしているうちに、ひとつの考えを突き詰めて考えるタイプの娘は、私といる間は常に『自室に隔離されてしまうかもしれない』と別離を怯えながら、『気を使うよりは自室に籠もる方が楽』という相反する感覚のはざまを行ったり来たりするようになる。
一緒にいる間は潰れるまで父親を意識に意識を重ね、隣にいる兄弟に声を掛けるだけでも体をびくっと震わせるほどの緊張状態へと進んでいく。そして疲れきると、自室に行かされようとして、わざと問題行動を起こす。最初から自室に行かされても、実際はまだ体力があった場合は、わざと大きな音を立てたり、ドアを開け閉めするなどして親の注意を引こうとする。
長引いたたそがれ泣きの時と同じような生活の繰り返しに再突入したのだ。
しかし、今度は【幼くてわからないから仕方がない】とは一言では表せない状態。彼女は自分の意思で、意図的に引きこもろうとしたり、自分の考えに入り込もうとしていた
たったひとり、たった5歳の子どもの行動で、家の活力は著しくストップし、表面を取り繕うような生活が続いていた。それはまるで偽物の家族のような、無味乾燥で温もりの欠片もない家だった。

長男の言葉と夫の決心

その頃、私は家族以外にひとつの問題を抱えていた。そして非常に悩み、熟慮を重ねた末に直接対峙し、その問題を解決したところだった。
内情は人間関係だったのだが、ひとつの大きな成果をだし、その関係は改善された。その問題は妻も知っていて、ささやかな祝杯を上げたのだが、その場にいた長男がつぶやいた。
長男『みんな、ちがう道を歩いてるんだね
年の割に落ち着いたややかすれた彼の声。それは演技でもおふざけでもなく、思考から直接意見が出た時の、彼本来の声色。
────6歳児の本音
正直驚いた。彼は特にその問題を分かりやすく説明されたわけではなく、聞き入っていた様子もないまま横で聞いていて発した一言。
私『お前、凄いよ。本当に凄いよ』
彼は時折、恐ろしいほどに人間の心を理解していることがある。そしてそれに傷つき、悩み、恐れながら、ふつうの子とは違う成長を遂げている。
私はちょうど彼と同じ年の頃、家の問題で激しく苦悩していたことがある。悩み、苦しみ、一時は大好きだった絵も掛けないほどに疲弊した。しかし、その時でも私は、父と母、家族、そして自分の周りの人間の心を感じ取り、手に余るその問題を理解して乗り越えようと思案していた。誰にも頼れず、誰も責めず、そこにある心と向きあおうとした。
この子はまぎれもなく、私の息子だ──────。
……自分の過去と子どもを重ねただけの事だったのかもしれない。息子の言葉に、今自分が抱えている問題が、幼いころの自分の乗り越えられなかった問題に直面している事を感じた。人生には時折、“たったひとつの言葉”で新たな眼が開かれる瞬間がある。
この時の息子の言葉が、私の立ち向かう心を奮起させた。
子どもの前にも関わらず、思わず涙を流していた。
私『……凄いよ。お前は』
そう言っていた相手は、息子と幼いころの自分自身に向かってだったのかもしれない。彼はくすぐったそうな顔をして、しかし、真っ直ぐにこう言った。
長男『こうやって、おばあちゃんとも仲直りできるといいね────。』
息子は6歳にして、3年間ひた隠しに隠してきた、ひとつの案件をあっさり言い当てた。

祖母への告知

長男『おばあちゃーん♪』
一ヶ月後、駅に降り立った母に、長男は飛びついた。
私『久しぶり。来てくれてありがとう』
母『ほんと、子どもは大きくなるのが速いわね。おどろいたわ!』
約三年ぶりの孫との対面に、母は顔をほころばせていた。
『……今まで大変だったのね。
今ちょうど仕事も手が空きそうな時期だし、顔出すわ。
他の子たちにも会いたいし
一ヶ月前の奇跡的な長男の言葉を受けて、私はその場で母に電話を掛けた。次男誕生の後に飛び出して行かれてから、初めてのことだった。なにをどう罵られようと、とにかく謝り、これだけは伝えたかった。こうやってあなたにもう一度謝る勇気をくれたのは長男であると。“私はダメな息子かもしれないが、長男はしっかり育っている”ということだけは伝えたかったのだ。
母は冷静に私の言葉を受け止めてくれた。
そして、私はあの頃、母に伝えられなかったことを伝える決心をした。
母さん、うちの娘はアスペルガー症候群です。
そして三年ぶりの再会が実現した。
母の目的は【孫娘を見極める】こと
もうすでに診断は下っているのだが、母は精神に関する医療機関に勤めていて、過去には小児関連の現場にいたこともある。
私『いや、あの子は外の人には演技するから、多分普通にしか見えないと思うよ? 会話とかのズレは外では年齢に沿った問題のない範疇みたいだし』
母『まあ、それでもね。今勤めてる所に発達障害の有名な先生とつながりがある人もいるみたいだから、まず私がたしかめたいわ』
電話でそうやり取りはしていたが、家でいざ娘と会うと、母は何かしらそういった“試し”のあるアプローチをしているのは見え見えだった。娘はというと、祖母の顔を全く覚えておらず、それどころか“おばあちゃん”という概念が全く分かっていなかった。母が来る直前まで、何度も妻に『お父さんのおともだちがくるの?』と聞いていたし、写真を見せて説明しても通じなかった。
いきなりたくさんのおもちゃをもらって、娘はどうやら“やさしい大人”と判断したようだ。しかし、初日は週末、娘が体力の限界を向かえる日でもあったため、8時前には反応を示さなくなり、リタイアした。
長男は祖母の事をしっかりと憶えていて、学校での生活や好きなもの、欲しいものなど猛烈にまくし立てていたが、少し夜更かしの時間にはうつらうつらして寝室へ向かった。
私と妻と母。3人になったところで本題に入った。
最初に口を開いたのは母だった。
母『私はね、あの子がそういうことになったのは、あなた達があんな幼いころに、こんな遠い所まで引っ越すような無茶をしたからだと思うのよ
────きたか。
実は一ヶ月前の電話でも、何度かそれを言われていた。高齢の母は、同じことをよく繰り返し話をする癖があるが、たいがいその繰り返される話題は、今自分が“そうだ”と強く思い込んでいることだ。
自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)が、後天的でないことは説明もしたし、移動でこういった障害が出るなど、全く根拠がないことも指摘した。
しかし、今、母はそう思い込んでいるのだ。
これは変えられそうにない。私はそこで諦めつつも、生返事をして母が余計な行動を取ろうとすることだけは阻止することに専念することに決めた。
母は言葉を選びながら、しかし、執拗に娘の状態は“引っ越しが問題であった”という点に旋回を繰り返していた。
3泊4日、母の予定を思うと、これは非常に難しい事になるとハッキリ理解した。
やはり距離をとっておくべきだったと後悔する一方で、娘の障害が明確なものであり、そのための対策を現在全力で取っていることだけは伝えなければならないことも理解した。

ブラック・アウト

母の滞在期間、娘はどうであったかというと、祖母にはニコニコしてみせ、ここぞとばかりにほしいものを片っ端からねだり続けていた。予想通り、私には極端によそよそしい態度をとることはなく、どちらかと言えば、今の彼女の演技に際して私の存在が気まずく、不都合であるようだった。
しかし、それでも彼女は2~3度、私に対してフリーズを起こした。
ほんのささいな事で話しかけただけだったのだが、意識に意識を重ね、さらに長く演技を続けていたため、きっかけはその程度で充分だった。
眼がうつろになり、うなづくか首を横に振るかのあいづちは打つが、声は返さず。上半身は弧を描くようにゆるやかに揺れ、手は小さく下でぶらぶら。ロッキングと思しき反応が出ていた。
祖母が話しかけても眼中に無く、私に目を釘付けにしたままフリーズを起こしている。
いつも通りの彼女だった。
私『今はね、投げかけられた質問の答えを必死で考えながら、その後の会話では、ただ間違わないようにハイ・イイエを言ってる状態なんだよ
母はその反応を目の当たりにし、納得した様子だった。
そして最後の晩、母は今回の観察の総括を始めた。
母『いろいろ見て思ったわ。あの子はふつうよ』
私『…………』
母『だって、絵はふつうに描いてるし、話しかければ返事はするわ。ふつうに歩けてるし、元気に走ったりもしてた』
私『……だから、知性や運動に遅れはないんだよ』
母『それでもやっぱりね、やっぱり、あなたたちの無茶が原因だったのよ』
私『………………』
母『あの子は賢い子なのよ。あなたたちの愛情や教育が足りないだけなのよ』
私『………俺が悪いっていいたいの?』
母『そうね。きっとそうなのよ。だいたいあなた、私にあれだけのこと言っておいて、どうして笑顔で私を駅で迎えられたのよ』
私『………遠くから来てもらってふくれっ面で向かえるわけがない。本当に嬉しかったんだよ』
母『………………!』
私『ごめんね、あの時のことは謝る。どうか許して欲しい。でもね、どんなに今、俺を責めたって、あの子がアスペルガーであることは変わらないし、診断は覆らないよ』
母『その診断を受けさせたのが残酷なのよ! どうして愛情を持って受け入れてあげなかったの!』
私『親だけが受け入れて“いつか出来る”とただ信じて静観してても、出来ないものは出来ない。そこから眼をそむけてもなんにもならないよ。それなら一番サポートしてやれる環境をつくって、直接的にそれが出来なくても違う手段で、本人が闘えるものを見つけてあげるしかないじゃない。それにはプロや機関の力が必要だったんだよ』
母『………………! で、でもやっぱり、原因はあなたたちが……っ!』
私『………もういいよ。母さんは認めたくないだけでしょう。食い下がることは議論じゃない。これはもう話しあいじゃない。母さんは、俺が悪いといいたい、それでいいね?』
母『………………そうよ! あなたが』
私『ごめんなさい』
話を遮るようにして謝った。
母『……認めたわね! そうよ、だいたいこの結婚の時だって』
母は結局、息子をとられた想いで、私たちの結婚生活に否定的になっているだけだった。思えば結婚の報告をした直後から、母との会話には妙な棘があったが、それは当時の母自身心象から来ているのが大部分だった。
その他にもいろいろある、色々あったがそれは娘の現状を否定できるものではないし、現実をなにも変えることはできない。
本当に俺、味方がいねぇんだなぁ……】
私『ごめんね、俺、もう寝るわ』
まだ母がブツブツ言っているのは聞こえていたが、私はその場を後にした。
こういう形で、なんの意図もなく会話に決着をつけずに、その場から逃げるのは珍しい。
私は辟易していた。人間とはこんなにも、感情や先入観が邪魔になる生き物だっただろうか? どんなに事実を見せようと、どんなに実証しようと、自分の母親に現実を伝えることもできやしない。母親が現実を受け入れられない壁になっているのは、もう何年も前に決着がついたことへのしがらみだ。
────もしかしたら、
母はじっくりと私の葛藤や今までの苦労に静かに耳を傾けてくれるかもしれない。
実はそんな淡い期待感が心のそこにあった。でも、現実はこうだ。私は誰の肩も借りられることなく、とことんまで自分の足で立って歩いていかなければならない星の下に生を受けたらしい。
いや、本当におかしいのは私なのかもしれない。
こんなにも自分の家族と意見が食い違うのだ。私がズレているのかもしれない。そう思った途端、あの感覚が蘇ってきた。
胸から背中にまで、赤茶けてモヤモヤした何かが、痛くなるほどつまっている感じ。耳の奥には強い圧力がかかり、自我と感覚との距離感がある感覚。空虚な喪失感で胸が一杯になるという矛盾した感覚。
夏の日に私が外をさまよい歩いたあの時と同じ感じだった。息が上手く入ってこない不快感に溺れそうになりながら、普段はまず入眠に数時間掛かるようになっていた私が、あっという間に眠りに落ち、そしてこんこんと眠り続けた。

電池切れ

気がつくといつの間にか母親が私の寝室に来ていた。
どうやら出発の時間らしい、ということはもう午後三時過ぎか?
母は私の手に封筒をつかませてこういった。
母『いい? 辛くなったらこれで電車に乗ってひとりで帰ってきなさい。受け入れてあげるから』
……なにを言っているんだ?
一体なにをいっているんだ?
もう声すら出なかった、手に乗せられた封筒にはどうやらお金が入っているらしい、私はそれすら持っていられず床に放った。
母『じゃあね。さよなら』
どうしてストレートに気持ちを伝えようとしない。どうして誰も彼も私から思考力を奪う?
もう疲れた。人はなぜ気持ちと違う言い方をして、気に留めさせようとするんだ?
そんなもの、わざわざしなくてもいいじゃないか。
……そうか、自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の人が苦しんでいるのは、この小さな世界で繰り広げられる、無意味でちゃちな駆け引きなんだ。まるで非合理的じゃないか!
こうやって人との会話ひとつに、言葉の裏を読むことがこんなに疲れるとは……。
今まで人との会話は得意な方だと思っていた。でも、それはただただ経験と努力でなんとか回していただけだったのではないか?
今、こうして疲弊した途端、まるで単純作業に飽きた時のように、もうこれから来る先々の会話の裏を読むことが、もう億劫でならない!
私はもう、立ち上がれなかった。
1日に何度か妻が訪れ、枕元に座っては【大丈夫?】と聞いてくる。大丈夫かって? 大丈夫じゃあないよ、現に今、その後の言葉が続かない君に対して、ケアする余裕すらない。
1日に何度か携帯が鳴った。母だった。
私は電源を落とし、一週間眠り続けた。

【つづき】⇒アスペ妻の記録~心という現象~

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  • 夫。30代。
    定型。フリーのデザイナー。
    自宅で仕事をするかたわら、家事・DIY・訪問営業撃退に勤しむ。 本人は定型だが、何かしら発達障害との縁が深い。
    心労と過労で3度倒れ、一時はうつ状態に。 ところがどっこい完治なタフガイ。

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