ASDでACの妻と
アスペルガーのこども2人を持つ
定型夫の研究帳を公開します。

Category:軽度アスペ・ACな妻

アスペ妻の記録~すれ違いの本質~

2014-07-11 Category:軽度アスペ・ACな妻

特性の理解

長男や娘が持っていた、自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)としての特性は、その表面の性質からやや見えづらくなっていたものの、根本は典型的なものだとようやく気がついた。
娘の場合は特に性質が独特で、生活の9割近くがパニックやフリーズ、意図的な逃避にまぎれて困惑させられたものだった。しかし、いくつかの“取り違い”を理解し、急速に安定していった結果、今度はASDとしての特性が急にはっきり見やすくなったのだ。
“アスペルガー”を知らなかった頃、子育て本の通りでない彼らに頭を抱え、“アスペルガー”を知った頃、AS関連の情報の通りでないことに首をかしげていた。そして今、彼らの本質はASDで、独特な性質がそれを分りづらくさせていただけだったことをようやく理解できた。
理論や性質に一定の規則があるのなら、こちらにも対応する手がかりがある。
娘の誕生から5年、長男の誕生から7年。今初めて私は手応えを感じながら、子どもたちへの対応が取れていると実感できていた。
では、妻はどうかといえば、やはりASDの特性をしっかりと持っていて、その性質からそれを全く読み取れていなかったということも分かった。
妻の特性として裏で大きく出ていたのは
・【0か100か】の両極的思考
・視覚優位で会話からの意図の読み取りが苦手
・ふたつのことが同時に出来ない
・ギャップや変化にフリーズしてしまう
・人の視点に立つのが苦手
・シングルフォーカスが強く、ひとつの事実に縛られる
・曖昧な意図のものへの不安
などである。
そしてそれをとことん見えなくしていたのは、パニック時に表に出さず内に向かう性質と、問題に対してある程度正確な答えや視点を説明できていた点にある。
つまり【わかっているのに動かない】と見えていた彼女の姿は、
【問題をとらえているのに動けない自分へのパニック】が大きかったということ。
本質は“前向き”だが、背負い方や目標の置き方に無理があり、さらにそれを初期段階でシミュレーションし過ぎていたのだ。
ここで感情的に否定したり、言い訳がましく論点をずらそうとしてくるのであれば、あるいはもう少し早くに彼女の本質に気がつけたのかもしれない。
しかし彼女は【自分の答え】を探して、静かに考え込んでいたり、言われれば動ける状態でもあったため、本人も私も“何を理解できていないのか”が分からなかった。
もしかしたら、この妻の本質は子どもたちが自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)でなければ、私たちは一生気がつくことが出来ず、お互いに苦しみを背負って歩かなければならなかったのかもしれない。そして妻がASDでなかったなら、私は覚悟も子どもたちの手がかりをも得られず、暗礁に乗り上げていたかもしれない……。
そう考えると私たちという家族が、今の時代にこの構成で世にあることが、これ以上なく必然的な因果の上に成り立っているような気さえしてくる。

物事の重点・境界線のズレ

私と彼ら3人の違いは何なのかと問われれば、こう答えられる。
彼らは全く本質が違うわけでも、発想が別の生き物などでもなく、物事の責任や重点、境界線の位置決定をする調整目盛りが、心理状況によって変わりやすい
ということ。
もちろんこれは多くの自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)のそれぞれの特性により異なっていくだろう。しかし、こういった性質があるのなら、それは誤解を受けることも多いだろう。物事の重大事や“ここまで”などの境界を見誤りやすく、その責任が重く大きくなりやすいのだとしたら、言葉に出されない限り周囲が本人のズレに気がつくのは不可能に近い。
そういった時に“否定的か・攻撃的か・自虐的か・内向的か”の反応の仕方で、社会的な人間性の評価をされ、さらにシングルフォーカスや過集中、感覚過敏や鈍麻などの特性による混乱やずれがあれば、これを周りが分かるように一言で説明するのは難しい。
極端な違いではない、着地点の設定が違うという、本来は小さなズレからの混乱だ。
この静かな混乱を、分かりやすく極端に問題化させた後、そして理論の道筋だった解決方法で終息を見せていったのが長男である。
彼は自分が取り違えやすい場所や分かりにくいポイントを、分かりやすく象徴的な言葉で憶え、自分の胸の感覚や脈の感覚でそれを認知出来るようになった。とにかく分かりやすい言葉に変えていく作業は、なかなかに骨が折れるものだったが、彼はそうして自分の認知を【目に見える化】してきたのだ。
娘もようやくこの【目に見える化】にする作業の入り口に立てたのだが、妻が最も困惑してきた部分でもある。妻本人も【物事の重点・境界線】の置き方や、【目に見える化】するために必要なそこにある気持ちや状況、物事の意図を言葉にする分野に不安が残っている。
ただ、妻の場合はどちらかと言えば【分からない】というよりも、【苦手だ】と焦ることで見えにくくなったり、いつもはできている判断などが阻害されている事の方が多いように思われた。だから妻は安定時には“母親”らしく、注意や言葉の訂正など的確に動けるが、他でメモリを奪われると途端に立ち止まってしまっていた。
娘の診断がついてから1年。実際はわが家はこの短期間で、非常に多くのハードルを越えて来れた。本来ならば時折、自分の道のりを振り返り【よくここまでこれたなぁ】と肩の力を抜き、再び歩き出す意志力を充填する必要がある。
しかし、【時間は連続している】という前後の関係を考慮する感覚が弱い妻は、常に張り詰めながら必要以上に重い責務に苦しんでいた。その張り詰めもまた、パニックの引き金になっていたように思われてならない。

夫婦の足並み

それは散歩中のちょっとした会話が発端だった。
妻『自殺を選ぶ人って、どうしてそうなるんだろう……?』
とあるニュースの話から、話題は【なぜ人は自死を選ぶか】に流れた。
私『うーん。いくつかに別れると思うんだけど……。
ひとつは“気づいてほしい・見てほしい”のパターン。ためらうように見せて何度か繰り返して、ある日本当にってやつ。
もうひとつは“消えてしまいたい”っていう発作的な部分かなぁ。これは実際に状況が辛かろうがどうであろうが関係なくあるみたい。
あとは本当に病気とか生きることへの苦痛だろうけどね……。

意外と多いのは“もうそれしかない”って漠然ととらわれていっちゃうやつかな。それ以外のどんな努力も報われないって、勝手に思い込んでいっちゃうやつ』

妻『あー……。なるほど。
ごめん、やっぱり言っておいたほうがいいや。気分を悪くしたらごめんね……』
私『ん?』
妻『何度かね、一人で車運転してる時に、このまま一人壁とかにぶつかって、終わりにしたいって思ってたことがあるの……』
妻の言葉が胸にジンとひりつくような、……いや、温かく重たく柔らかい何かを、心臓に向かって放り投げられた様な感覚をもたらした。
この感覚はなんなのか、私はそのとき恐ろしいほど冷静に分析できた。
【安心した】のだ。
自分の愛する妻が死を考えたことがあると聞いて、私はとうとうおかしくなったのかもしれないが、私は確かに自分の胸に安堵を感じていた。
私『ああ……、そうだったか。君もだったか……』
妻『……うん。もう、どうしようかと何度も暗くなってた……』
私の安堵。それはわが家の苦しみを、一人で背負っていたのではない事実だった。
もちろん彼女も苦しんでいた事は分かっていたつもりだった。だから私たちは余計なぶつかりをせず、建前を排除し本音の分析を繰り返して、いつも最短距離で乗り越えてきた。
しかし、苦痛に対面した時の妻は、いつも受け身で動かず、問題にもフリーズしてきた。
ふっと逃げ出すような台詞を聞いたこともある。
後でそれが混乱の上だったと分かったとは言え、起きている問題に対しそこに意識がないのなら、一緒に戦っていながらもどこか“永遠に共感し得ないのではないか?”という寂しさがあったのだ。
……それが最初に妻のASDの可能性を感じた時に受けた、言われようのない寂しさの正体だ。
その妻が人知れず自死を考えるほどに苦しみ、私の事を考えて胸にしまい続けてきたのは、同じ問題に同じくお互いを考え、そして同等の苦痛を感じながら共に歩んでいた証でもある。
情けないことに、ようやく私は一人ではないと理解したのだった。

すれ違いの本質

その夜、私は妻に今までの事全てのおさらいをすることにした。
まずは今、不安に思っている問題を聞くことから。
妻『長男は長期休みとか、親との距離を求めすぎる時に気をつけるくらいだし、なるべく計画を立てさせていく手伝いをすれば大丈夫だと思う。
娘は凄く安定してきてくれたけど、逆にアスペの部分もよく見えてきたから、これからだよね?

次男はまだ週末に体調を壊しやすいし、そうなると前の娘のマネみたいに色々やっちゃうけど、その度に“今~~なんでしょ? ちゃんと口で言おうね”ってするだけで大丈夫だと思う』

思い続けることは出来ず、ちょっとした波風に混乱して忘れてしまったとしても、今、こうして問題を理解し対処する方法が妻にはある。こうして話ができるようになるまでにも2年以上かかった。
─── 全ては進んでいる。
そう、長男が4歳になった辺りから、ひとつひとつに目を向け、乗り越えてきたのだ。
私『うん。子どもたちはそれでいいと思う。でもね、もうひとつだけ、君に知っておいてほしいことがあるんだ』
妻『……えっ! な、なに……?』
私『ああ、いや、君に何かを直してほしいとか、もっと頑張れとかの話じゃない。娘を見てて分かったことなんだけど……』
この頃、娘は今までの時間を取り戻すように、急速に様々な常識や認知を吸収しつつあった。そこに至る最後の垣根にあったのが【否定】へのとらわれの解消だった。
どんなに落ち着いて聞いているようでも、何かの注意や指摘の場合、娘は『そうだったのか、やり方を間違えていたのか』ではなく『また間違ってしまった。私はなぜいつもこうなるのか』と自分を責めていたことが読み取れるようになったのだ。
これが娘を毎日苦しめていた、癇癪の正体である。
その時、娘にただ一言
君を否定しているんじゃない。君がうまくいくやり方の説明だよ
と添えるだけで、彼女は貪欲に話を聞くようになっていったのだ。
【注意=否定ではない】は今までも説明してきたことはあったが、改めて説明したことで、ようやく彼女は理解したのである。この流れの重要度と“改めて説明”する可能性は、妻の本質にも関わる発見だと確信していた。
私『とまあ、娘はこうだったわけで、実は君もスケジュールとか子どもの異変とかに混乱してるのは、重く考えすぎて“わわわわわ”ってなってるだけなんじゃないかと思うんだ。
本当はいつもできてるのに、ちょっと気がそれた事に混乱したり、上手くいかないことにフリーズすることが多いけど、実はそれ以外のトラブルはもうほとんど起きてないんだよ』
妻『………あっ』
私『今までの子どもたちとの関わり方を思い出してほしい。君は物凄く頑張って、もう“お母さん”になれてる。でも、多分君はまだまだできてないと思っていやしないか?
長男がよくやる失敗のように、まるでプロにでもなるかのような、無茶な設定をしてない?
それだと気を抜いただけでも“大それたミス”に感じかねないよ。

……もう、充分“お母さん”なんだから、後はどれだけ手数を少なく、今を維持できるかじゃないかな』

妻だけではない、自分で境界線を設定できない性質のある者は、その多くが悩んでいるところではないだろうか。
長男にしても娘にしても、わが家の当事者3人は【どこまで】の設定が極端になりがちだ。
それは今の自分の立ち位置や目標を見失いやすいことの裏返しでもあるし、彼らの驚異的な成長の裏側にあるひたむきさの根源でもある。
ただ、どうしても維持となると、変化の多い環境の場合は、そこに刈り揃え続けるのが苦手になる。
【どれだけ手数を少なく、今を維持できるか】
これには現状をある程度把握していることが重要だが、それは何も彼女が完璧である必要はない。要は現実のいくつかの大事なポイントを、分かりやすく共有できる一言に置き換えていく作業をすればいい。それは二人で行うことも出来る。
性善を説く気はないが、ASD当事者と定型者の関係ですれ違う部分は、こういった【物事の重点・境界線】のとらえ方が、極端に真面目過ぎるのが大きいのではないかと思うことがある。そうであれば何かの問題に直面した時に、平常心を欠いてしまう傾向があるのもうなづける。
私たち定型と、モノの重さの感じ方が違うのなら、そこからお互いに合わせることが難しい。
しかし、それが最初に先入観を確認していけば済むことなら、打つ手はあるはずだ。
自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)は変化が苦手で、家庭は変化に富んだ社会だから、苦痛に感じたりぶつかることが多いとも言われている。
うちも確かにそうだった。
……が、わが家はその【苦手】の正体を理解し、分かりやすい言葉に変えていくことで、問題の共有化をはかり、その重責を本人たちが背負わない形で歩くという方法論を見つけたのだ。
もちろんこれからも子どもたちの成長や、生活環境の変化で試行錯誤は続いていくだろう。
今たどり着いた方法論も、もしかしたら子どもが幼いから出来る事なのかもしれない。
それでも、これだけは言える。
やっと、わが家は【自閉症スペクトラム】というものに向き合えたのだ。
娘の診断から一年、ようやくスタートラインに立つことができたのである。

【つづき】⇒アスペ妻の記録~ゆるやかな両極思考~

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  • 夫。30代。
    定型。フリーのデザイナー。
    自宅で仕事をするかたわら、家事・DIY・訪問営業撃退に勤しむ。 本人は定型だが、何かしら発達障害との縁が深い。
    心労と過労で3度倒れ、一時はうつ状態に。 ところがどっこい完治なタフガイ。

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