ASDでACの妻と
アスペルガーのこども2人を持つ
定型夫の研究帳を公開します。

Category:軽度アスペ・ACな妻

アスペ妻の記録~補欠のポジション~

2014-12-26 Category:軽度アスペ・ACな妻

他人事

次男と娘のパニックが一ヶ月近く続いていたその後半、彼ら二人以外に実は私の不安要素をふくらませている者がいた。
───妻である。
彼女はここ三ヶ月程、パニックらしいパニックも起こさず、非常に安定していた。しかし、娘に本気で【もう後がない】と線を引くべく、私が本腰を入れて動き出した辺から、妻の存在が急に薄くなりだした。
話しかければ話をする。馬鹿話をすれば談笑にも応じる。子どもの世話はするし、いつも通りの注意などもできる。仕事も抱えている分はこなせている。
しかし、ただそれだけ。
例えば娘のパニック後半の、明らかに私に背を向け続けようと緊張を見せていても、妻は様子を見ているばかりで動かなかったし、次男のあからさまな逃げる行動にも何ら咎めようとはしなかった。そして、そう言うふうにしかできない自分を責め始めているようにも見えた。
仕事に関しても与えられた分をこなしてはいるが、アイデアを少しずつ挟んで提案を向上させていく素振りは見えないし(職業上、必須とも言える)、自ら始めたサイドビジネスの進行もパッタリと止まってしまっていた。
何より、こちらが話しかけない限り、楽しく話そうという素振りはないし、ただただ日々を繰り返す【全てにおいて他人事】な様相を呈している。
規模はかなり薄いが、かつて私が『自分は必要とされていないのではないか?』といわれのない不安に苛まれ続けた、妻の“そこにいない感じ”がはっきりと始まっていたのだ。

弛緩の涙

ここまでの彼女の成長や、獲得してきた認知の範囲から考えてみても、おそらく今パニック状態の引き金になった出来事は、本人も自覚のない曖昧な判断が要求されるような言葉にし難い問題である可能性が高い。
次男と娘の問題がきっかけだとすると、これは問題が大きく分かりやすいので、もう彼女にとっては普段の生活にまでメモリを失うような事にはならないだろう。今、彼女を苦しめているのは、もっと、薄くて遠い何かのはずだ。
私『最近さ、小さいノート使ってる?』
妻『………えっ、い、いや、使ってない……ごめん』
表情に全くと言っていいほど自信がない。何か他のことに気を取られて、様々なことが上手くいかなくなり、自己評価が低下。原因が分からないままなので不安は膨らみ、なにか小さな失敗にまで大きく自分を蔑む様な、脆い精神状態。
間違いない。パニックだ。
私『いや、サボってるとか責めているんじゃなくて、今、君は無自覚のまま、何か心に引っかかっている問題があるんじゃないのかなぁって思ってね』
妻『………えっ、うぅ……ん、分から……ない』
戸棚からコピー用紙を数枚と、ボールペンを取り、彼女の前に差し出した。
私『うん。分からないんだから、書いて探ろう。今までみたいに、ここに今気になってる事を、どんなに小さくてもいいから書き出してみて』
硬い表情のまま、妻はペンを手に用紙に向かう。最近メモを活用していなかったせいか、書かれていく文字はどんどん膨れ上がっていく。……ここに今書きだされていっているメモは、彼女の中で解決されないまま、ワーキングメモリを圧迫し続けている要素だと言ってもいい。
時間にして10分も掛からなかっただろうか。用紙3枚にわたって、彼女の【未解決問題】は書き殴られていった。
───カランッ。
おもむろに彼女はペンをテーブル放り、両掌で目元を覆うように拭いながら、肩で大きな溜め息を突いた。赤面しながら自嘲する様に、口元を歪ませた彼女の目からは、涙がこぼれている。
長男にも娘にも見られる、パニックが解けた瞬間の、安堵か弛緩か、実感のある世界に帰還した時に見せる人心地の涙。
妻『○○の企画書だ……』
手のひらの中で、そう呟いた。

責任の境界

私『○○………、ああ、この間の見積もりの“お問合せ”か?』
妻『……そう、それ』
それは娘と次男が崩れ始めた頃に、事務所に届いた制作見積もりの問い合わせの事だった。問い合わせの内容に合わせて簡単な企画書を立て、ザックリとした見積もりを添えて提出したのだが、その答えはまだ返ってきてはいない。
特にそこに大きな問題はなかったが、心当たりといえばその時、見積額についてちょっとしたやりとりがあった。個人で事業をしていればよくあることだが、需要と供給で価格の見直しはたびたび起こる。現在もその見直しの時期に差し掛かっていて、今までどおりの価格にするか、世相に合わせ値引きをするかの判断に迫られていたのだ。
私『うーん、まだ、先方から返事も来てないし、やるかどうかの答えは、ヘタしたら来年の春頃になるんじゃない?』
妻『うん、そうなんだけど、もしかしたら夫の言うとおり、安くしてたらすぐに返事が来てたかもしれないなぁって……』
私『いや、そんな事は分からな……』
妻『ちがうの』
妻が言葉を遮った。
妻『そんな事を考えても仕方がないことは分かってる。こういう時の不安も冗談ぽい愚痴に変えて、笑い話にしちゃえば凄く楽になることも分かってる。でもね、一瞬だけど、“これは仕事をする人間として自分で考えなくちゃ”って踏み止まっちゃったんだ……。だからそれが薄っすらとだけへばり付いてたみたい。それが今分かって、自分でバカだなぁって肩が楽になったんだよ』
表情に動きがある。実感をもって言葉を選び、発している。彼女のパニックは解けていた。その一瞬の踏みとどまりが未解決問題として、他の問題の解決に支障をきたしていたのだろう。
私『確かにそういう踏みとどまり方をしたら、言葉にし辛いかもしれないね。ただね、今の君の告白でもうひとつハッキリしたことがあるんだけど、気分を害したらごめんね、でも聞いてくれる?』

ずっと一人

妻が踏み止まった“自分で考えなくちゃ”という言葉。これは一見、自立するための考えの様に受け取れる。しかし、これまでで解明してきた彼女の特性や、長男が見せてきた受動的な自己の持ち方などを踏まえて考えてみると、あるひとつの疑いが出てくる。
私『その“自分で考えなくちゃ”っていうのはさ、本当に自分が自分のためにやりたいと望む、自発的な考えなのだろうかね?』
妻『……え?』
私『例えばね、子供たちが長期間パニックに陥るような問題に直面した時とか、俺が主体になって話を進めていくことが多いよね。で、君も当初は“子どもの表情から読み取るとか出来ない”って言っていたし、本当にそうだったみたいだからそれでも良しとしてきたんだ。
でも、よくよく後で聞いてみれば、君は実はちゃんと子供たちの表情を見られていたり、その気持ちを推理したりできているんだよ。で、最近は君自身も子供たちに対して叱ったり、怒ったりとしっかり意見を持って子育てに向かおうとしてくれているのは分かるし、凄くありがたいんだ。
ただ、俺はいつも“ひとり”なんだよ』
妻『……ひとりって、どういう事?』
私『子供たちが明らかに嫌な態度をしていて、俺が嫌だと叱れば、その後君もそれを叱るようにはしてくれる。でももう一度同じことがぶり返された時、君はそれが“前に叱ったはずの嫌なこと”と理解していても、自発的には動いてはくれない。俺がまず、動かなければ君は動こうとはしない。主体的ではないんだよ。
しつけとか叱り方とか、そういうもののポイントだって、俺が決めたカタチを逸脱しようとはしないよね。
それは時々、“こんな事で嫌だと感じる俺がおかしいんじゃないか?”とか“俺がストレスに感じていて、実際に三度も倒されたパターンなのに、妻は何も感じていないんじゃないか?”とか、“本当にどうしようもない状況まで陥ったら簡単に去って行ってしまうんじゃないか?”って強い孤独感になる事があるんだ』
妻『……………………』
私『出来る事はできる方がやればいい。でも、俺達は親で、この家庭は他の誰のものでもない、自分たちの家族なんだから、少しでも出来そうだと思ったら、主体的に自分が変化を起こそうとしていくべきじゃないのかなって思うんだよ』
妻『うん。そうだよね。そうなんだけど……』
私『いつまで補欠でいるつもりなんだ? 俺の視点に乗っかって物を言っても、それは君の言葉じゃないだろう』
妻が目を見開き、何かを必死に思い出そうとしているようだった。

補欠のポジション

頭の中の映像を文字に変換しようと探る妻、数度天井を仰ぐように上に視線を持ち上げ、口であぐあぐと言葉をつかもうとする。やがて、私の方をまっすぐ見つめると、非常に落ち着きよく通る声でつぶやいた。
妻『そう、補欠だったんだ。私はずぅっと。私は補欠であることを望み続けてたんだ』
それは私に、自分に、言い聞かせるような、力のある声だった。
妻『幼い頃から、特に学生時代。私はずっと何にでも補欠でいたいと願ってたんだ。代表選手になるっていうのから逃げてたんだよ。社会人になって、そんな事も言っていられなくなったから、自分のやることだけはなんとか見つけて進められるようにはしてきたけど……。
前に夫に“叱り方が分からないんなら、自分がイヤだなって思ったことをそのまま言えばいい”って言われて、すごく納得したのに、いざやろうとしたら、自分の気持ちが分からなくなって、急に揺さぶられてしまったの』
私『その自分の気持ちっていうのが、【夫と子どもの世界観に綺麗に収まる形】で探ろうとしたからじゃないの?』
妻『うん。だから今、【補欠】って言葉と【俺の視点】って言葉を言われて、本当にハッキリ分かったよ。私は自分の気持ちを誰かの視点に合わせて感じ取ろうとしてたんだね。だから子供たちにいつも以上の叱責とか、深く入り込んだ心の話とかしようとすると戸惑ってたんだと思う。それは夫の視点からはみ出しているから』
私『ああ……そこがはっきりするだけでも、今までの不安感の説明がつく。ここまでで、君は子供に注意ができるようになって、因果関係がはっきりしている事には叱れるようになって、大事だと思えることはしっかり分かるまで説明しようとできるようになった。そういうのだけでも、気持ちは楽になっていたんじゃない?』
妻『うん。最初の頃の、もうどうしていいのか全く分からなかった頃は、家族でいることのいろんなことが不安で怖かったんだね……そんな自分を情けないって何度も責めて来たしね……。でも、今ここでこうハッキリ言葉にされて、自分でも驚いてる。こんなに簡単な事に私はずっと戸惑ってたんだって、今本当に驚いてる』
私『君が補欠であることを止めたら。この何回だって失敗の許される家庭の中で、自分の気持ち主体で動く練習が積んでいけたら、それこそ今までの分を取り返せるんじゃないのかなぁ』
妻は何度も頷きながら、今までの人生を振り返り噛みしめるような表情を浮かべていた。
彼女が持っていた戸惑い。それはこの時の事でどこからくるものなのか、その正体までかなりの精度で掴めた気がする。彼女はこの後もしばらく物思いにふけり、やがて自分の中で何らかの納得を見つけ出したようだった。
これが何処まで彼女の肩を軽くできるかは分からない。しかし、なんら検討もつかない不安感に自己評価を下げられ続けるよりは、もう少し自分の気持ちを見つけたり、信じたりすることができるようになるのではないだろうか。
毎度悔しいことだが、こういうことは本当に転ばなければ分からないものだと痛感させられる。

【つづき】⇒アスペ妻の記録~師走の悪夢~

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  • 夫。30代。
    定型。フリーのデザイナー。
    自宅で仕事をするかたわら、家事・DIY・訪問営業撃退に勤しむ。 本人は定型だが、何かしら発達障害との縁が深い。
    心労と過労で3度倒れ、一時はうつ状態に。 ところがどっこい完治なタフガイ。

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