ASDでACの妻と
アスペルガーのこども2人を持つ
定型夫の研究帳を公開します。

Category:軽度アスペ・ACな妻

アスペ妻の記録~心という現象~

2014-05-29 Category:軽度アスペ・ACな妻

布団の中のひとり会議

母からの言葉に激しく力を奪われた私は、布団の中でゆっくりと数を数えるように、今までの事を全て無感情に正確に思い出す作業を続けていた。そして、同時に自分への問いかけを繰り返していた。
なぜ、自分は今、立ち上がる力を失ったのか?
(それは母の言葉がショックだったからだ)
なぜ、自分はそれをショックだと感じたのか?
(それは自分の今までの努力を否定されたことであり、その根源は母自身の想いやこだわりから生まれた、私へのちゃちな駆け引きの言葉だったからだ。つまり母の建前のために否定されたことが許せないと感じたのだ)
本当にそれだけか? その背景はないのか?
(いや、ここまでの母との連綿たる関係から生まれた、私自身の幼い頃からの【憤り】も大きい)
その憤りとは?
(幼い頃から必要以上の我慢や、自立を求められ、それをこなすごとに【できて当然】という極めてロジカルな押し付けを受け、褒められることもなく、愚痴をこぼすことも許されなかった。
子どもながらに理不尽を感じていた。これらは母自身の父性へのこだわりから生まれている。
【完全な存在、そしてそれに救われたいと願う願望】。
そして厄介なのは、このやり取りに対し、母自身が少なからず後悔を感じていて、かつ、それを自分で受け入れられていないことだ。
私はその願望を幼齢で見抜き、容認していたにも関わらず)
その憤りが解消される見込みは?
(おそらく会話の上で、現状打てる手はないだろう。この場合の私の憤りは、受け入れてもらえなかったことから始まっている。私の全ての想いを、まず素直に聞く所から受け入れてもらうことが必要だ。
しかし、現在、その母には多くの外的要因から余裕がないし、私の気持ちの告白は、彼女のプライドやコンプレックスに触れるものだ。そしてそれらは、彼女自身の今までの人生観にあまりに深く結びつき、現在の状況では、本人はそれを振り返ることもできていない)
では何を求める?
(最初から協力がもらえるとは思っていない。ただ、余計な憤りを増やされたまま黙っているのは、今後も記憶に閉じ込めるなどの大きな労力が必要になる。こちらの気持ちを冷静に伝え、事実関係をしっかりさせた上で、彼女が受け入れられる時期が来るまで距離をとるべきだ。そうしてけじめをつけなければ、いつまた同じことがおきても不思議ではない。私に今余裕はない)
想定される母のリアクションは?
(憤り。彼女自身、自らのプライドや想いを保つために、必ず会話の主導権を握りに来るだろう。そもそもが【なんか言ってやりたい】という感情が発端だ。本心ではないにしても、言い切ってしまった責任をとりには来ないだろう。いつものパターンであれば【あなたにはまだ、親の気持ちはわからないでしょうけど】と、情に訴える形で絡めとりに来る。言葉を失わせて上をとる論調だ)
その際のとるべき手はどうか?
(会話ではなく、一方的に聞いて欲しいことを告げる。そして今までの事を正確に自分の観点から説明し、今回、今現在私が背負った気持ちを、はぐらかせない状態で伝える)
予想される結果は?
(母の抱える憤りでの反撃。そして、プライドを保つため捨て台詞を投げかけてくるだろう。ここでも受け入れられることは無い。しかし、私はもう一度立ち上がる力を得るだろう。私の性質上、なにかしらのけじめを付けられていないような家族に関する問題は、これから数年間、ふとした時に何度も思い起こされる可能性が高い。つまり、今これはなんとかするべき問題なのだ)
逆にこちらが全面的に受け入れ協力を仰ぐというのはどうか?
(リスクに見合わない。彼女が障害に対して理解がないことは、今までの経験上分かっている。同時に受け入れた場合、攻撃対象はやがて妻に向かうだろう。長い時間を掛けて、母自身の張り詰めたプライドが解ければ可能性はあるが、現時点で受け入れることは、彼女に主導権を握らせることになる。それはわが家のスタートが10年以上後ろになると考えた方がいい。生きている文化が違うのだ。)
母が孫の障害を理解しようとしないことには、多くの事が関わっている。
単純に障害への偏見、孫可愛さによる承諾できない想い、自分の育てた息子が直面している現状への受け入れがたい哀しみ。そして、過去の後悔とそれを認めたくない自尊心との綱引き。
そう、一方的な否定や蔑みなどではない。ベクトルは『もっと良いことが』と考えようとする親心である。しかし、それが今度は現実への思考に邪魔をする。
人はすでにそれぞれの心の形を持って生まれてきていて、純粋にそこから生まれる欲求や認知などを、成長しながら社会にたいして経験や教えから最適化し、さらに受け止め方も変えたりする。
成熟していくごとにその精度や厚みが増えて、人格の形成になっていくが、それは決して普遍的な支えにはならない。心の形は変わらず、その時の状況に合わせてテクニックを使い分けることで対応しているからだ。
老齢に近づくに連れ、それらの知識を的確に同時多発的にコントロールするなどの複雑な処理は難しくなり、テクニックの支えがなくなることで、受け入れる心の間口が狭くなることがある。
それは過渡期にはより大きな不安やイライラ、憤りを生み出し、他者の意見や外部の現実を受け入れられなくなる。いわゆる頑固になってしまった状態。
そんな時はそれらを下に見たり、頑なに否定したり、自分の意見を押し通すことで、今までの自分との違いや、現実とのズレに感じている不安とストレスに対応していることが多い。
時にそれは全てを知り、手に入れて興味がなくなっているような錯覚を生むが、現実は変化を受け入れ楽しむ余裕が無いだけとも言える。
現実を処理できないのではなく、それを受け入れる段階の、不安や動揺を処理できないのだ。
それらを一定期間繰り返したり、その虚しさを感じることで、少しずつ現実を受け入れ、素直な感受性を取り戻すことがある。
少なくとも、今の母に現実を正確に把握する余裕を持ってもらうことは難しい。
それは私との親子関係だけのことではなく、現在の母自身の現在の家庭生活にも様々な問題があるからだ。それは何かしら私たちの家庭にも被せて考えようとしてしまい、感情的になる。結果、最初から反発するために構えてしまい、話すら聞けない……。
母自身、自らの家庭を受け入れきれていないのに、どうやってプライドとコンプレックスの矛先となっている私の家庭の問題を受け入れられようか。
単純に孫の現状を受け入れるだけでも、残念ながら今の母には時期尚早であることは明白だった。
母の出発から4日目、自分との長い会議が終わった。
そして、十数回目の母からの電話が鳴った。
私『………………もしもし』
会話の内容は、会議の内容そのもの、それ以上でもそれ以下でもなく、適切な距離を置くことでお互いに合意した。
ちなみに母の要件は【こっちに先生がいるから診断を受けさせろ】との事だった。その“先生”とは、母の滞在中の会話で何度か出たが、娘が受けた先生の方が専門で実績もある方であることは明白。結局同じ提案を繰り返しただけだった。母は“孫は自閉症スペクトラムではない”という結果がでるまで繰り返しただろう。
最初から受け入れるつもりはなかったのだ。

夫婦会議

さらに眠り続け、あれから一週間。私は妻に全ての気持ちを淡々と語った。
私『……と、言うわけで、母のことに関しては申し訳なかったね』
妻『ううん…。私の方こそ、やっぱり娘に対してできてないのが問題なんだと思う』
私『できてないって言うのは何なのか、具体的に言える?』
妻『“お母さん”になれてないと思う。娘とか子どもがおかしくなったり、様子がおかしいとやっぱり立ち止まっちゃって、“どうしよう”ってなる。そうやって止まっちゃってるからカタチにならなくて、バランスが崩れてるんだと思う』
事実、妻はリラックスしている時は、結構子どもの心の機微を察知して、対応できるようになってきている。しかし、子どもの行動が変わり始めると混乱したり、急に閉じこもったような感覚になり反応が鈍くなることがある。
以前に私が娘と衝突し、激しく疲弊した時、妻に【しばらく娘と関わらないようにしたい】と告げたことがある。その時はそうやっていた事で私の体力が回復し、ちょうど娘もイベント等が少なくなり、やや安定した時期が訪れ始めていた。
しかし、妻はその良い変化も【しばらく娘と関わらないようにしたい】と告げられたことにとらわれ、私から娘を遠ざけようと躍起になってしまい、それにより娘が混乱。大きな癇癪につながり、反動から数ヶ月よそよそしさが爆発したのだ。
子どもにも波がある。妻は自分の使命に夢中になり、その小さな変化に疑問すら感じないこともあったし、疑問を感じていながら見ないようにしていることもある。
実は彼女は余計な使命感がなければ、子どもを観察できている。ただ、疑問を感じてはいても、その時のコンディションによっては、その疑問に心奪われ思考停止するケースが多い。
……ここがややこしい
できている時とできていない時が混在していて、その区分けが難しいのだ。
それは妻だけのバイオリズムや法則ではなく、なにより娘が不安定すぎたり、長男がそういったことに敏感に反応してしまう危うさがあるからだ。自身の問題なら、彼女は指摘されて納得すれば、非常に速く自分のものに出来てしまう。
しかし、彼女は自分の子どもたちとなると別だ。
自分だけでなく、例えば他の家の子どもの場合でも、自分の子ども以外には上手く反応したり、切り返しができる。しかし、自分の子どもとなると途端に難しく考えたり、重大な問題として受け止めてしまう。家族の距離感が彼女には重たいのだ。
こういった側面も原因のひとつになっているように思える。
──つまりそれでも反応はできている。
ただ、コンディションによって、認識している事実が必要以上に重くなる。だから余裕が無いとすぐに【え~っと、え~っと】とハマり込んでしまう。
苦手ではあっても、彼女は進もうとしている。ここから引き離された場合、彼女は大きな喪失感を味わうのではないだろうか?
では、事実を必要以上に彼女に重くさせない方法は……。
私『ちょっと提案があるんだけどさ』
私は紙にペンで一本の線を引いた。

ふたつの脳

やや私に対して意識を持ってはいるものの、娘のよそよそしさがなくなった。夕食時に自室に直行する回数も激減し、週明けの月曜日と週末の金曜日になるかならないか程度のパニックでとどまるようになった。
あの妻との会議から、これがもう2ヶ月続いている。
この成功は何だったのか? 答えは1日3回の『ほう・れん・そう』の義務化だった。
朝、私は子どもたちが出かけるまで下には降りない。子どもがどんなコンディションかわからないため、なにが引き金になるか分からないからだ。妻は子どもたちを送った後、必ず自分の足で私のいる寝室を訪れ、朝の子どもたちの様子と、気になった行動を報告する。
自分の足で向かうのは、その行為を思い続けるためだ。私から聞きに行ったのでは、妻の自発的な意識の据え付けにはならないと考えた。なんだか朝から報告にこさせるのは、偉そうで嫌だったが、そうすることが彼女にとっての認知へのアプローチになるかもしれないとも思った。
そしてお迎えの時間、保育所に向かう前に妻はまず今夜どうなりそうかの予想と、そうなった場合の相談をする。お迎えは近所なので往復十数分だが、いきなり娘がおかしかった場合などの対処に、虚を突かれることがなくなるし、何を観察するべきかの意思統一がのぞめる。
子どもたちと帰ってくる間に保育所で何があったかを聞き、子どものコンディションを確認する。
それを再度報告し、今夜の子どもたちが寝るまでの時間の予定と対策を考える。
極力子どもと関わるのを妻にして、妻はその間できる限りの報告材料を集めるために集中。その材料が正確であればあるほど、対策の精度が上がるため、妻も意識を強く集中させるようになる。もちろんそこまでに何度か失敗があったが、失敗するのは報告での取りこぼしがあった時であると理解し、その度に妻は反省して次に備えた。
この3つの時間は、平日のわが家では、子どもとの関わる時間の最初に当たる。あの時妻に提案するために紙に引いた線は、1日のタイムスケジュール。そこに問題が起きやすい時間と、妻が困惑する時間を書き、それを未然に対応できる時間をマークしたのだ。
そして、結果が出始めていた。
週末はまだ、娘は私を意識しすぎて一緒にいられないことが多かったが、平日に大きな混乱が生まれなくなるだけで、家の雰囲気は一気に解消された。結果、娘も少しずつ【失敗にとらわれ】たり【とらわれていることに意識しすぎて再現する】ことが少なくなっていった。直近の心奪われる事案が少なくなったからだろう。
時折、急に娘が私に対してベタベタしてくることもあるが、その時は適切な距離を図った。余計な波は作らない。それが【好き】などのプラスの感情だったとしても、それを受け入れることで後に引けなくなるのは娘自身だ。
妻の遂行能力に私の判断力を上乗せした、いわば“ふたつの脳”作戦が功を奏した!
妻の余裕が家の雰囲気も変え、迷いのない行動が子どもたちの余計な不安を抑える。そして、波を起こさない適切な距離、【つかず離れず】が効果を発揮していた。
そうして比較的安定した日々は続いた。
娘が私のことを意識していることには変わらないが、年齢的に距離感をつかめればうまくいくかもしれないと考えていた。娘も5歳半ば、長男が4歳で距離感をつかんだことを考えれば、やや遅れ気味だが、特性が違うからしかたがないだろう。
夫婦に少しずつ希望が見え始めてきた頃だった。

成果を望む

さらに2~3ヶ月が経った頃、カレンダーの月が変わるその日、妻は気合を入れていた。
私『おお? 妻ちゃん、どしちゃったの? リキ入れちゃってるじゃないの(←プロデューサー口調)』
妻『うん。今月ね、保育所で娘の発表会があるの』
私『………ほお』
妻『今年の運動会は最悪だったし、その後の遠足も最悪だった。でも、今は娘も落ち着いてきてる。発表会は元々あの子落ち着いてる方だから、あの目立とうと変なことするのを押さえられれば大成功なの』
私『ああ……、あれねぇ』
毎年毎年、娘はイベントごとに彼女ならではの問題を起こしていた。
運動会と遠足⇒大泣き、母にベッタリ
お祭り⇒転動激しく、すぐにいなくなる。知らない人にベッタリくっつく
発表会関連⇒人の注目を集めようと悪ふざけして台無しにする
どれも一番最初の時の印象をそのままこだわって再現しているものばかり。
最近の上手くいってる状態では特にイベントを挟まなかったため、今回の発表会は娘にどこまで言葉を伝えられるかの模擬試験のようなものだと妻は考えていた。
最近、安定してきたところに、字が読めるようになったため、ホワイトボードにスケジュールなどを書いて娘をさらに落ち着かせることに成功していた。【今日やること】【その時にやるべきこと】【やってはいけないこと】などのルール付を、保育所と連携して先回りして毎朝伝えることでさらに娘の安定が可能になったのだ。
妻は自信を持ち始めていた。
妻『この日でこの1年の成果が出る……!』
やや力み過ぎかなぁと思いながらも、ここまで子育てに前に出ているのも珍しいので、静観していた。このイベントを過ぎるとクリスマスが来る。実はこのクリスマスが娘には大きなパニックになるからだ。
サンタさんはいい子にプレゼントを持ってくる
“いい子”でいようとし過ぎ、大人の眼を気にするあまりパニックを起こす娘にとって、この毎年の行事に使われる言葉は鬼門でしかなかった。何度なだめても、何度すかしても、彼女はこの言葉に怯え、クリスマスシーズンが来ると張り詰め過ぎて自爆する。
そしてそのまま年末は潰れ切り、正月明けくらいから手のひらを返したように正常に戻る。
イベント等が少なく、不安にとらわれる取っ掛かりが少ない、安定する1~3月が来るからだ。妻の言う1年の成果とは、ここまでの努力の成果でもあるし、実は来年を占うための入り口でもある。妻が力むのも仕方がないことだった。

予感

イベントの日が近づいてくる。いつもならイベントが近づくと練習に疲れたり様子の変化に不安を感じて、娘は家で硬直することが多かったが、今回は特に目立つパニックもなく安定していた。やはりホワイトボードのスケジュール作戦が効いているようだった。
そして当日土曜日、妻は保育所に向かった。朝から薄暗くて、雨の強い日だった。
ひとつ気になったのは、その日朝から相談がなかったこと。妻は子どもたちを送った後、部屋にやって来なかった。
妻が上がってこないので、リビングに向かうと、タッチの差で妻はすでに保育所に向かっていた。小学生の長男はそこで静かに学校の宿題をしていた。
屋根を打つ雨音の中、洗濯機だけがごうごうと回っている。
私『あれ、お母さんもう行っちゃったの?』
長男『うん、さっき出てったよ』
私『洗濯機回して……? てか、部屋きれいだな』
長男『お母さん掃除してたよ』
私『…………(この家事への執着、なんだか嫌な予感がする)』
忙しい時や慎重にならなければいけない時、妻はわざわざ洗濯機を回す癖がある。そして、それに気を取られて結局集中できずに結果が出せない。
(最近、めっきりやらなくなってたんだけどなぁ……。)
妻がわざわざこういう時に洗濯するのは、【洗濯さえ終えてしまえば、物事に集中できる】という考えから来ている。そしてそれは以前暮らしていた家が、立地上、ベランダに午前中しか日が差さなかったことに端を発していた。
洗濯物は太陽にあてないと気持ちが悪い。
このこだわりに突き動かされた妻は、どんなに忙しくても、どんな天候でも午前中に洗濯機を回し続けた。そしてそのクセは引っ越した後の、現在のこの家でも習慣化して抜けなかった。実際は仕事や子どもに集中しなければならない時に、【洗濯さえ終えてしまえば、物事に集中できる】とそちらに気が行ってしまうため、メモリを奪われて思考停止してしまうことが多い。
これは以前、ルールとして締結し、それ以来休日や何かやることがある前にはやらなくなっていたのだ。
そう、それは私が二度目のダウンで心を裂かれた時。妻が慟哭したあの時以来のことだった─────。

【つづき】⇒アスペ妻の記録~愚者の縮図~

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  • 夫。30代。
    定型。フリーのデザイナー。
    自宅で仕事をするかたわら、家事・DIY・訪問営業撃退に勤しむ。 本人は定型だが、何かしら発達障害との縁が深い。
    心労と過労で3度倒れ、一時はうつ状態に。 ところがどっこい完治なタフガイ。

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