ASDでACの妻と
アスペルガーのこども2人を持つ
定型夫の研究帳を公開します。

Category:軽度アスペ・ACな妻

アスペ妻の記録~ゆるやかな両極思考~

2014-07-19 Category:軽度アスペ・ACな妻

逆に走る

その休日は朝から雨が振り、一日家族で缶詰にされていた。夕方5時近くなって快晴。
何ともジメジメとした気分を晴らすべく、ちょっと遅目の散歩に家族で出かけた時のことだった。細い道を歩いている時に、後ろから車が走ってきたので、私は後ろで長男と歩きながら前方の妻・娘・次男の3人に声を掛けた。
私『車が来るぞー、端に寄ってー』
その時、すでに道の右端を歩いていた娘は、突如道を横断して、左端に向かって走りだした。幸い細い道だったために車も減速していたので問題はなかったが、このヒヤっとする感覚は実は初めてのことではない。このパターンを娘はよく取っていた。
元々道を歩く時に、なぜかいつもど真ん中を歩きたがる娘は、自転車が来たり他の歩行者が来る度に気がつけずオロオロしていた。【道のどっちの端に逃げるか】を葛藤していたからだ。
それを回避するために、ちょうど【道の端を歩く習慣】が馴染み始めたばかり。とたんに娘が車の走行に対して道を突っ走って横断するシーンが頻発したのだ。ひとつが直ると、となりあった認識のズレがはみ出るのは、わが家の自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)当事者たちによく見受けられる。
しかし、今回の彼女の行動は私にとって非常に興味深いものだった。
合理的なことを考えているように見えて、実は非合理的な状況にハマり込んでいく彼女の、根本的な心理を具現化したような行動だったからだ。
その横で、妻は娘が奇異な行動をとるのを止められなかった事に、困惑したような硬い表情を見せていた。

【0か100か】の両極思考

自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の特性の一つとして、【0か100か】の両極思考がよく挙げられる。言い方は様々で【白か黒か】【オール・オア・ナッシング(全か無か)】などと呼ばれることもある。
例としては、
ちょっとした誘いをたまたま拒否されたことで、自分の全てを否定されるような不安や混乱を感じる。【嘘をついてはいけない】と言われたことで、全て正直に言ってしまい、社交辞令などの発想がわかない。好きなタイプのおもちゃがたくさんあっても、本当に求めていたものと違う場合は、そこにある全てを拒否するなど。
様々なシーンで様々な【位置づけ】が求められる場合に、極端な答えを出してしまうということ。
わが家の3人にも見られるもので、特に【意図や概念がハッキリと実感を持って理解していない】時に多く発生しているように思える。そしてこの両極思考は、わが家ではいくつかのパターン化された行動の裏付けになっていた。
・今やっていることにアドバイスされるとすぐに止めてしまう
・ポカミスひとつで一気にしぼんでしまう
・愛着している相手を気にするなと言われれば無視し、無視するなと言えば気にしすぎる
・一言二言聞いて、ちょっと理解できないと聞き流す
・謝罪や助けを求める行為がとてつもなく重いことと考えられる
・些細なミスも意識することで極端化し、大問題にとらえる
などである。
反応や行動としてはこちらが暴君であるかのような、必死な取り繕いを感じてしまったり、自責につぶれていく状態は、環境の自らの取り違いでアダルトチルドレン(AC)になっていくような危うさを感じることがあるのだ。

逆と極端

娘が反射的に道を走って横切ってしまうのを、どうやって対処しようかと考えていたある日、妻と娘とのやりとりに典型的な反応が見えた。
娘は私の部屋にある本や漫画に興味が強い。字がだいぶ読めるようになってきたことや、物を大事に扱う事を理解してきたことが分かったので“大事に扱う”ことと“ちゃんと許可を得てから借りる”を約束に、本を貸すようになった。
しかし、娘は慣れてくると段々と扱いが雑になり始め、放置や汚れなどが増えてきたので、それを注意することを妻に頼んでいた。
夕食前の片付け後に、娘は私の貸した本を手に取り、妻にこう尋ねた。
娘『じゃあ、ご飯までこれ読んでいてもいい?』
妻『ん? ああ、いいよ。でも、そうだ、最近ちょっとお父さんの本、大事にしなくなってきてない? 出しっぱなしだったりするし……』
娘『……うん』
妻『大事に読もうね』
娘『……うん』
娘はその本をいつも仮置きしているリビングの本棚に戻した。妻はそれを確認すると、調理中の私のもとに戻ってきた。
妻『本のこと、注意しておいたよ』
私『ああ、ありがとう。でも、ちょっと気がついたことがあるから食後にでもちょっと話そう』
妻『? うん、分かった』
食後、娘をテーブルにつかせ、妻も同席の中、話を始めた。
私『あー、ごめんね、時間もらっちゃって。細かいことかもしれないけど、ちょっと気がついたことがあるんだ。直して欲しいとか駄目出しとかじゃないから気楽に聞いてね』
紙に一本の線を引き、その端に【よい】反対の端に【わるい】と書き、真ん中に【ふつう】と書いた。
私『娘はさ、後ろから車が来た時に教えられると、はっとしてそれまで道の端にいたのに、反対側に走りだして注意されることが多いでしょ?』
娘『うん。よくなる』
私『これはさ、誰も教えないでいるとやらないでしょ?』
娘『あー、うん。走らない』
私『これは注意を受けた時に、ハッとして今やっていることの逆をしようとしちゃってない?』
娘『……ぎゃく?』
私『そう、ハットして“なにかしなくちゃ”ってなって、そのままとか、ちょっと寄るだけでいいのに、危ないって事を忘れて反対側に走りだしちゃってるの』
娘『! うん。気が付くとやっちゃってるの!』
私『これと同じでね、さっきお母さんに“本読んでてイイ?”って聞きに行って、使い方を注意されただけなのに読むのやめちゃったでしょ?』
娘『……うん』
私『それってさ、注意されて嫌になっちゃったんじゃなくて、“我慢”しちゃったんじゃない?』
娘『うん、がまんした』
私『大事に読めばいいだけなのに、読んじゃいけない気持ちになったんだよね。それはなんでだろう?』
娘『あ、ぎゃくってこと?』
私『すごい! よく分かるね! そういうのを“極端”っていうんだ』
娘『きょく…たん?』
私は最初に書いた【よい・わるい・ふつう】のイラストを見せ、【よい】と【わるい】を指しながら説明を続けた。
私『そう、難しいね。だから今は憶えなくてもいいよ。そういう言葉があるって知っておいて欲しいだけ。極は“一番先っちょ”ってことで、端は“はじっこ”って意味。この【よい】と【わるい】みたいに逆同志だったり、やり過ぎな時に使う言葉』
娘『道の端っこと端っこみたいに?』
私『おお、パーフェクトだね。はなまるだ』
娘『えへへ、うへへへへ……』
私『娘はそういう風に、人に注意された時にハッとして、今と逆のことしちゃうくせがあるんだよ。でも、この絵を見て。【よい】と【わるい】の間は何もないの?』
娘『……ふつうがある』
私『そう、前に教えたことがあると思うけど、【いいこ】と【わるいこ】は【ふつうのこ】の極端な先っちょで、子どもは【ふつうのこ】の中にいられればみんな【いいこ】なんだよ。そして君の考えている【いいこ】は、天使みたいになんでも出来るお父さんでも見たことのないような凄い子のことで、【わるいこ】は人を殺しちゃうくらい悪い子。どっちもまずいないよ』
娘『しってる。きょくたんだ』
私『うん。完璧な答えだね。だからさっきの本のことだって、ふつうに読んで大事に片付けてくれれば良かっただけなんだよね。【読んでイイ】【読んじゃダメ】って極端なはなしじゃなかったんだ』
娘『わかった』
私『そして妻、君は娘が注意された途端に硬い表情で本をしまいに行ったのを、どう思って見てた?』
急に話を振られ、妻は顔をこわばらせた。

ゆるやかな両極思考

妻の表情は硬く、両手は胸元でもじもじさせていた。
私『あー、だから君への駄目出しとかそういうんじゃないんだ。うちで起こりやすい傾向が何なのか突き止めようとしてるんだよ。だからありのままを話して協力して欲しい』
妻はすぐにリラックスし、思い出すような表情に変わった。
妻『注意されたから読むのを止めちゃうって気持ちが分かるなぁって思ってた』
私『それは“そうすれば気をつけるべきことがなくなる”選択だったからだね?』
妻『……! そうだね。問題が起こらなくなる答だったから、私、安心してた』
私『気持ちが分かるのは凄くいいよ。でも、その答えはやっぱり極端なんじゃないかな。娘は教えられないと分からない事があるんだから、やっぱり極端な発想をしていた場合は、すぐ近くにある答えを見つけられるように、わかってる大人がしなくちゃいけないと思うんだよ』
妻『……うん。そうだね、私って……』
私『いや、だからそれも両極思考でしょ』
妻『はっ!』
私『うん、最初に言ったように、君に何か変わって欲しいとか、駄目出しをしたいんじゃなくて、こういう視点があるよって言いたかっただけなんだ。君もやっぱり娘のように、注意された近くの場所から答えを探せるようになれば、もっと気楽になるんじゃないかな』
【気楽になる】そう、これは私が妻や娘に願っている、ひとつの大きなテーマでもある。長男も含め、わが家のASD当事者3人は、平常心でいられる時は多くの事を理解し、自由な発想を持っている。しかし、ちょっとした認知のズレや両極思考から、マイナスな方向や、極端に自己評価に関わるような受け止め方をした時にそのメモリが一気に失われ、パニックに陥ってしまう。
これはすぐに出来るものではないし、特性が関わるなかなかに複雑な部分だ。そのためにはこういった、たかが『本』やりとりの中にでも見え隠れする、彼らならではの捉え方に触れてリラックスさせていく必要がある。
いつも彼らに感じていることは、彼らは踊り場の点在する階段上の成長をしていて、その踊場にいる時は多くの情報や納得する材料を積み重ねている状態だということ。
私から見ればちょっとした事で細かいようでも、彼らにとって大きな足がかりになるブロックのひとつかも知れない。
この辺りから、妻が普段からなんでもないことを、いかに自ら重い選択にしていたのかなどが分かるようになった。両極思考にアプローチすることで、課題として見えたのは【自己評価の扱い方】である。

【つづき】⇒アスペ妻の記録~パートナーの在り方~

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  • 夫。30代。
    定型。フリーのデザイナー。
    自宅で仕事をするかたわら、家事・DIY・訪問営業撃退に勤しむ。 本人は定型だが、何かしら発達障害との縁が深い。
    心労と過労で3度倒れ、一時はうつ状態に。 ところがどっこい完治なタフガイ。

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