ASDでACの妻と
アスペルガーのこども2人を持つ
定型夫の研究帳を公開します。

Category:アスペルガーな娘

5歳:父親に懐かない・過剰な緊張の解消│ASD娘の人との距離感

2014-06-30 Category:アスペルガーな娘
家にいれば父親を意識しすぎて硬直、保育所にいればお気に入りの先生を意識しすぎて疲弊。お出かけすれば周りの大人を意識しすぎ、そこで気を集めようとする自分の行動が、【間違っていやしないか】と親の顔をチラチラうかがう。
人のことを気にしすぎだ
と言っても、返事は良いが結局同じことを続けてしまう。
彼女の生活はいつもアップアップで、心も体力も持つわけもなく、常に電池切れだった。
子供同士の社会性も必要となってくる5歳。
彼女にとっての課題は
人との距離感
だったのかもしれない。
今までは自分の思い込みに走ることに過集中していたため、現実とずれるとすぐにパニックや癇癪で潰れていた。しかし、本人もそこに違和感を感じながら、自分の思い込みにとらわれているため、5歳の終盤ではそこに突っ走ることに“一瞬のためらい”が見られるようになった。
ようやく正確な認知と意図を伝える絶好のチャンスが訪れた。
■今だから分かること
私との距離感を理解するためには、
最初に気にしないこと
⇒何が何でもすぐに話しかけようとするのを禁止
⇒特に出会い頭での焦りを起こさせない目的

家族はいるだけでいい
⇒何かをしようと思わなくていいと説明

の二段階で理解させることに成功しました。もうすでに細かな流れは書いたので、詳細はそちらからごらんください。

娘に私との距離感を教えた具体策

ちなみに保育所での先生への過剰な意識は、現在別のアプローチで進めていて、だいぶ成果が出てきているので、それは6歳の項目で書いていく予定です。
今回は娘が私に対し距離感を見失っていった心理に、さらに低年齢の頃から掘り下げながら、もう少し深く焦点を当ててまとめてみたいと思います。

善悪・賞罰・主従の両極思考

自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の特性として、【0か100か】の両極思考があげられますが、娘の場合は、単純にその物事ごとの【0か100か】だけでなく、自分の中で今その時に【ポジティブな印象を受けることと、ネガティブな印象を受けること】に極端に分けて、執着と拒絶を起こすことに偏りすぎていたように思います。
具体的には以前拒絶したような事でも、たまたま楽しい気分の時に耳に入ると、今すぐそれをやらないと気がすまなくなったり、
本来の趣向だと拒絶するはずのジャンルの事でも、私やお気に入りの先生の指示であれば【当然のことだ】と言わんばかりに従い、それに従っている自分を全面に押し出すことだけに集中してしまうなど。
また、以前にやって楽しかったはずの事でも、今それをやる発想がなかった場合、それは自分の考えとは違うので徹底的に否定するなど。
彼女にとって【ポジティブな印象を受けることと、ネガティブな印象を受けること】は、環境・タイミング・気分などで大きく変わり、またその時には以前の選択などの【時間の連続性】もないため、非常に場当たり的な意思決定になってしまうのです。
そのため、余計に【この人は絶対的だ】とか【これだけやっていればいい】など、自分の手のうちだけで極端なスタンダードの設定をしてしまい、知らぬ間に本心とのズレを生んでいたり、絶対者への異常な意識につながっていきます。
これは長男(軽度アスペルガー)にもやや見られた傾向でしたが、長男の場合は【それだけでは立ち行かない】ことを受け入れたため、比較的早く次に進むことが出来ました。しかし、娘にとってはそれを受け入れることは、自分の中の答えとは違うために、耳を塞ぎ続けていたようです。
そしてそれは【絶対者以外の意見に従わない】事でもあります。
これがまず、彼女の人との距離感の理解を、自ら邪魔していた根本のひとつなのではないかと考えています。

人の目を気にする

娘の行動を見ていると、“なにかに集中している間は返事すらしない”がそれを終えた途端に絶対者の元へ駆け寄ったり、何かを話しかけなくてはと必死になっているのが見受けられました。
何か集中するべきものが無い時は、常にこちらを意識しているか、会話に入るために聞き耳を立て隙あらば入ろうとすることに一日中躍起になっているのです。
疲れが溜まっている時・余裕のない時や、何らかの理由でパニックを起こしている時は、この“絶対者の元へ駆け寄る”行動や“何かを話しかけなくては”に対し、激しい葛藤や思考のループを始めます。
つまり平常な意識の間は、常に近くにいるこだわるべき相手に気持ちが向かっていて、その間は自分をどう見せるか、どう行動するかを考え続けているために、どんどん疲労を蓄積させている状態です。
同時にこれは取っている行動の意図が“それを楽しむ”などではなく、全てこちらに向かっているため【何かしら演技がかっている】という印象にすらなってしまいます。
【人の話に入る・聞き耳を立てる・人のことばかり気にする】これらのこと一つ一つを注意して教えていけば、その時は止められますが、環境や心境の変化があった場合は完全に忘れきってしまうのでなかなか前進しませんでした。
先に上げた
最初に気にしないこと
⇒何が何でもすぐに話しかけようとするのを禁止
⇒特に出会い頭での焦りを起こさせない目的

家族はいるだけでいい
⇒何かをしようと思わなくていいと説明

この2つは、根本的な人との関係の概念を示唆しているものなので、これを理解してくれたことが全体的な問題解決につながったのかもしれません。
家ではこれだけでかなり本人が楽に過ごせるようになったようで、以前は1日持たずに夕方にはグズって潰れていた彼女が、潰れずに過ごせるようになりました。
保育所などでは求められる社会性やルールの変容が多いので、この時は対策に踏み切っていません。彼女の思考や行動パターンをなるべく正確に集めるため、保育所と連携し【何かきになること】などがあればすぐに報告してもらっていました。
特に参考になったのは【新任の先生に対する“お試し”行動】で、そこから彼女の“人との関わり方”に関する非常に多くの情報を得られました。

ひと目を気にする事を後押ししていたもの

ひと目を気にする心理としては自閉症スペクトラム症(アスペルガー症候群)に限らず、“自己評価を気にしている”ことが挙げられます。よく言われているケースでは【自分は変な目で見られているのではないか・間違っていないか】というネガティブなものと、【注目されているか・皆が賞賛しているか】などのポジティブな自己評価の視点です。
彼女の場合はこういったものに加えて、
構ってくれる・遊んでくれる・見ててくれる・優しい
などがポジティブな方面の極端思考で一緒くたにまとめられていて、どれかが満たされていないと認識すると、“受け入れられていない”と捉える極端な思考が根底にあります。
それをさらに
これさえやっていればいい
という手の内だけで何とかしようとする発想が、それ以外の方法や客観的な視点を著しく奪っていたように思われます。
要は彼女自身がもっている【目に入った物や、思い出したりした表層的な部分を事実として信じ、それだけにとらわれてしまう】といった表層思考な特性が関わっていたと考えられます。

絶対者を崇めるきっかけ

2~3歳頃までの彼女は、やってはいけないことや危険な行為は、そこにその注意をした人物がいなければ注意の効力が継続されるものではありませんでした。
例えば何かしらの悪戯を大人から止められた場合、例えそこに私がいたとしても、その注意した大人がいなくなれば再開していました。
【悪いものは悪い】【ダメなものはダメ】が理解できていなかったのです。
その彼女がもっとも激しい反応を見せたのが【神様の話】でした。
それは、散歩中の長男から受けた“神社ってなに”という、なんということもない質問への答えから、【神】という存在の話に流れたのを、彼女が聞いた瞬間に起こったのです。
私『……ってい言う訳で本当は神様はどこにでもいて、いつも見ててくれているんだよ』
娘『え……っ、いつもみてるの……?』
娘は顔面蒼白、かすかに震えてすらいました。
私『大丈夫、大丈夫。怖いものじゃないよ。ふつうにしてればいいの。良いことをすれば良いことが起きるようにしてくれるし、悪いことをすれば悪いことが起きるようにするけどね』
彼女の震えは止まりましたが、顔色はどこか青く、反応も鈍くなっったままで、それ以上の会話はありませんでした。私自身、その時は“これで隠れていたずらとかしなくなったらいいなぁ”などと思っていましたし、当時はASDである可能性もその存在自体もしらなかったので、そこまでで放置してしまいました。
それ以来彼女は隠れていたずらする回数こそ減っていったものの、保育所で叱られたり注意を受けた場合、私に対して怯えたような態度を見せることが多くなっていきました。
彼女は元々、言葉から意図を汲んだり、意味合いを見つけ出すのが苦手なので、【いつも見られている】というような表現を私の想像以上に大きく受け止めてしまったのです。
彼女はふつう【おばけ】や【おに】などに怯えるはずの年頃を、【神】という救ってくれるべき絶対的な存在に怯えていました。
この頃はほとんど会話が成り立たず、たまたま聞いた散歩中の話が響いてしまっただけで、後のフォローなどは聞き入れてもらえず。この怯えの正体がわかったのも、4歳後半になってからのことです。
だんだんと【神】という存在を恐れなくなったものの、【絶対的な存在】などに強い反応を見せるのは残っていきました。それに対応するために最初から“抗う気がない”と見せることで自分への【罰】を生み出さないようにしていたのかもしれません。
初めて会う先生や、これから従っていかなければならない相手に対して、彼女がまず“試し”から入るのは、自分の絶対者に値するのかを見ていた可能性があります。
極端な話に感じるかもしれませんが、娘の場合は本当にこういった事実の受け方にまで【0か100か】の様な極端な思考があり、それがあまりに多くの場所で起こっているために認識のすれ違いを生み続けている側面があったのです。

これらの流れから分かったこと

彼女の個性としては【0か100か】に関連する両極思考が強く、物事の道理や意図の理解にすら遊びのない極端なとらえかたに陥りやすいのが特徴です。
わが家の自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の当事者3人に共通して言えることですが、彼らは物事の意図や境界線を極端に位置づけやすく、また意図を見失うとパニックを起こす特性があります。
娘はこの特性が抜きん出ていて、見た瞬間・聞いた瞬間に意図や境界線を手の内の判断だけで事実と決めきってしまい、融通が利かなくなっていることが非常に多くあります。
この意図や境界線の位置づけに、もう少しだけ吟味する余裕やクセが付けられたら、彼女の集中力や思い込みの力を考えると、ひとつの物事に精通していくためのスキルにつながっていくのではないかと考えています。
彼女を見ていてよく思うのは、【苦手】や【分からない】などは動かない事実なのではなく、意外と【見ている場所が見当違い】として考えたほうが、打開策を生み出しやすいということです。

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  • 夫。30代。
    定型。フリーのデザイナー。
    自宅で仕事をするかたわら、家事・DIY・訪問営業撃退に勤しむ。 本人は定型だが、何かしら発達障害との縁が深い。
    心労と過労で3度倒れ、一時はうつ状態に。 ところがどっこい完治なタフガイ。

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