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Category:アスペルガーな娘

6歳:療育との関わり方・保育所との連携│アスペルガーな娘の診断からの流れ

2014-09-17 Category:アスペルガーな娘
娘が4歳の終わりに自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の診断を受けてから1年と少し。ここまでで非常に大きな動きが起こりました。家族との関わり方や、保育所での先生やお友達、多くの人びととの社会的なつながりに、明らかに進展が見えています。
保育所の先生方や多くの方々から、『娘ちゃんの顔が本当に明るくなった』との声をいただけるまでになりました。まだまだ課題は残りますが、それでもここまでで一年分、ASDの診断を受けてから医療機関と保育所との連携をしてきた結果が出てきたなぁと感じています。
現在6歳、何より本人が毎日楽しそうにしてます。
今回は中間報告的にまとめてみたいと思います。
※あくまでわが家のケースです。医療機関のサービスなどは、捉え方や組織の方針、地域によっても違いますので、あらかじめご了承ください。

医療機関との関わり方(初期)

診断後、最初は月に2回、場に慣れさせていくために、簡単なゲームや質問などを担当の心理士さんが行うカタチを繰り返しました。親は同室後ろに座り、様子を見ているだけ。終わった後は娘同室のまま面談をし、先生の診察を受ける流れが基本形でした。
当時、家ではとてつもない緊張を繰り返していた娘ですが、外ではいい子を演じようとしていました。年齢的にも要求されている社会性などに、それほど遅れが生じていなかったため、まず家族外で問題になることはありませんでした。
しかし、流石はプロ。確実に娘が合わせることで誤魔化していた、誤学習や誤認を明らかにしていきました。
この頃に療育で出てきた問題(4歳後期)
会話中に部屋の備品や履きなれないスリッパなどに気を取られて話を聞けない
毎回部屋が変わるが、その度に部屋の様子が気になって落ち着かない
『どこから来たの?』や『どうやって来たの?』などの特定の質問に戸惑う

慣れてくると一方的に会話をしようとしたり、関係の距離感がつかめなくなる

家では謎の緊張状態が続き、話しかけるだけで硬直するなど、コミュニケーションが成り立たなかったため、これらの問題は見えづらいものでした。また、保育所などでも、環境的・年齢的に問題になりにくいステージであったため、今後の彼女が歩むであろう社会での問題に焦点が当てにくい時期でもありました。
保育所ではまた別の問題があり、それは以下の様な問題でした。
ふと遊戯室からいなくなり、ひとり隠れたりする
思い込んだ事と違う状況が起こった場合に泣き続けて話にならない
担任の先生が休むとパニックを起こし、いつもの事が出来なくなる
新しい先生などには試す行為が激しく、まず心を開かない

偏食が激しい。給食を食べたくないからわざとこぼすなどしてダメにする

これらは特徴的なもので、後の細かいズレは年齢的に『意固地・気むずかしい』などの範疇として、様子見として処理されていた状態でした。
家庭と療育の現場と保育所。それぞれ表面化する問題やステージに違いがあり、それらの整合性が保てないため、まずそれぞれ出てきた問題を、【直しやすいもの】から順次手を付けていく方針に自然と流れて行きました。
保育所には家と療育から出てきた対応策を逐次報告し、娘はもちろん先生方も困惑されないよう、スイッチの入るポイントや思考パターンをお伝えしました。
通い始め初期で悩んだことは、当時たまたま安定期になっていた娘は、年齢的にも見極めが難しいことが多く、【通院しなくてもいいんじゃないか】と不安になったことです。と言うのも、どこか“その対処をしようとするからそういう方向に進んでいってしまうのではないか”などの、根拠の無い不安や迷いがあったためです。
この頃は保育所でも“そう見えないんですけどね”と言われると、非常に揺らめきました。結果的に半年後辺から、その不安を払拭する状況に再度突入していきましたが……。

医療機関と慣れてきた頃

ゆっくりと療育に慣れてきたので、少しずつゲームなどでも難易度をあげたり、高度な事を始めるようになりました。そういった中で出てくる彼女の課題を、ひとつひとつ見つめていくことになるのですが、この5歳になる辺から彼女の家庭でのフリーズやパニックが常態化してしまいます。
また、療育で人と関わる1時間でも疲弊するようになったため、頻度を月1回(コンディションが悪い月はお休み)に落とし、家での対応と保育所での対応に重点を動かす必要性が出てきました。さらに私がいると常に私に合わせようと意識しすぎて、ふつうのコトもできなくなってしまうため、以降の付き添いは妻のみにお願いしました。
5歳は年齢的に、子供同士の社会づくりが強くなってくる頃です。保育所などのカリキュラムも、今まで子ども個人の主体性であったものから、段々と集団的な行動へと切り替わり始めました。さらに折り悪く、保育所の先生に移動があり、娘が信頼をおいていた先生が入れ替わってしまったのが問題を大きくしてしまいます。いよいよ保育所でも問題になることが出始めました。
人との関わり方の変化を求められる事での混乱
愛着の強かった先生から知らない先生に変わり、試し続ける

疲れや違和感を大きく感じるようになるが、それに気が付けない

この頃から保育所でも、フリーズやパニックを起こす回数が増えていきます。
上記の通り、それらはほぼ全て【人との関わり方】に集約されていて、保育所で何かしらフリーズすることがあれば、まず帰宅後も家で通常通りの生活ができるほど回復ができず、最悪1~2週間、なるべく人と関わらないように休ませなければならないほど疲弊していきました。
一人でいる間は回復していくのがわかったので、休ませている間は2~3歳児用のドリルから始め、『ああ、ちゃんとできたね。よかったじゃない』など、あったことをそのまま適切に褒めるなど自己評価を取り戻していく時間へ。
これが功を奏し、段々と文字にも興味を持ちだしたのでそのまま読む練習。長男が読んでいる漫画に興味があったようなので、それを読ませるなど文字から情報を得る訓練に移行していきました。
これでようやくホワイトボードでのスケジュール管理等が通用するようになり、まずは【なるべく一日の間にフリーズ・パニックを起こさない】を目標に、彼女が関わる事柄を親が強調して告知する方法が可能になりました。
状況的に言えば、【家では基本的な社会性と人間関係の距離のとり方】、【療育では小学校に上がるまでに必要な社会性の課題と所作などの対策のピックアップ】、【保育所ではそれらを総合的に実践する場】と分かれている感じです。
療育では基本的に目標として、小学校の頃の生活を敷いていたので、家でのかかわり合いなどの問題には重きを置いていませんでした。正直彼女がなぜああなっていたのかは、愛着と依存を向けられていた私たちでしか、その原因を見つけられなかったと思います。
こればかりは家族で越えなければならないのだと、嫌というほど考えさせられた時期です。
この頃に悩んだのは、【精神の方も考えておかなくていいのか】でした。彼女は独特な人間関係のとらえ方のズレから、激しく内に籠もり、しかし共依存を持ち掛けてくるなど、人間関係の距離感においては非常に難しい状況にありました。年齢の割に洞察力や、思考パターンが歪に突出していて、それが自分でコントロールしきれない、いわば心の自家中毒です。
正直、このままでは本当に壊れてしまうのではないかと、抜本的な対処療法はないものか焦っていた時期です。彼女の思考パターンにアプローチするのは、本人が幼いためにあまりに難しく、成長を待っていたら潰れてしまうのではないかという焦燥感がありました。
しかし、例え今起きている反応が二次障害よるものだとしても、娘はまだ幼いために対処できる精神科はなく、また家での言動や態度は絶対に外では見せないために診察してもらうことすら出来ません。一度は一瞬でフリーズに陥っていく、彼女独特の情景を録画して持ち込んだこともありましたが、やはり幼いので解らないと断られました。
そんな事をしてしまうぐらい、私自身まいっていたのだと思います。お互いに疲弊していく期間が続きました。

療育スタートから1年が過ぎ

ここまで【家では基本的な社会性と人間関係の距離のとり方】と【療育では小学校に上がるまでに必要な社会性の課題と所作などの対策のピックアップ】と、いわば端と端から進み合ってきていたものが、ようやくぶつかり合うようになってきました。
例えば
人間関係の距離が掴めない(家での課題)
⇒知らない人にいきなり抱きつく(保育所)、お気に入りの先生へ一方的に話しかけて会話にならない(療育)

自己評価ズレ、注意で激しく落ち込む(家での課題)
⇒思っていたものと違うとフリーズ(保育所)、ゲームで負けるなどで激しく悔しがる(療育)

などです。
基本的に対策として、これらの根本的な脳の反応事態は変えられないので、とらえ方を変えたり同時に浮かぶキーワードを関連付けたり、“自分自身が受け取っている考え方が極端である”などの認知のズレを修正することになります。
娘の場合はここに至るまでに、両極思考が激しく、また“違い”に対する受け止め方に激しく自己評価を傷つけるとらえ方をしていたために、それを取り払うための段階を必要としました。
我家の場合、この取り払う段階が大きな戦いとなりました。
これを越えた途端、今まで療育や保育所でも積み上げていただいていたものが、堰を切るようにして流れ出し、爆発的な成長につながっていきました。根本的な問題として、彼女の認知のズレの中でも、最も大きく苦しめていたのが両極思考と自己評価の関係だったということでしょう。
人との関わり方にも大きく自己評価や極端な発想が障害になっていたため、この後から人間関係の距離などはスムーズに流れるようになりました。
私たち一家にとって、ここまでの連携には何一つとして無駄なものはありませんでした。どれが欠けていても、本人もしくは私たち親が挫けていたかもしれません。

わが家のスタンス

基本的に療育には【教えてもらう】気持ちですがっていました。その【教えてもらう】のは、考えられる傾向などの気づき方や、一般的な対応策などです。
自分でやりたいとか、やらなきゃいけないなどの使命感でもなんでもなく、当時はそうしなければ本当に危ないギリギリの状態であったからです。私たち自身が療育をしていくのでない限り、間に合わないのではないかと焦っていたのです。
それほどの状況を作っていたのは、自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)そのものではなく、その特性を基板とした彼女自身の認知のズレや思考方法のズレが原因となっていた事でした。
現在は純粋にASDの療育に専念できるステージにいます。ここに来て、長男の時の対策や失敗例が役立ち始めてきました。今までの足跡から、様々なリターンをもらっている状態です。
女の子の場合はおそらく小学校高学年が見えてきたあたりで、社会的なグループの作り方などの特色が出てくるでしょう。そこを越えたとしても、やはり思春期はそういった問題にぶつかっていくかもしれません。
そういった先の問題にも、プロのいる専門機関に適切なつながりを持てている今の状況は、わが家にとっての生命線とも言えます。
今もまだまだ力をお借りしなければ歩けていないわが家ですが、ようやく結果が具体的に見えてくるようになりました。

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  • 夫。30代。
    定型。フリーのデザイナー。
    自宅で仕事をするかたわら、家事・DIY・訪問営業撃退に勤しむ。 本人は定型だが、何かしら発達障害との縁が深い。
    心労と過労で3度倒れ、一時はうつ状態に。 ところがどっこい完治なタフガイ。

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