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手記

妻がアスペルガーの場合の悩みポイント│男性のカサンドラ症候群

2014-09-16 Category:手記
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このブログを始めてから、妻が自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)であるという方々から、ちょくちょくとメッセージを頂くことが増えてきました。
みなさんよくおっしゃられるのは【こういう情報がなかった】と言うことです。
私もそうでしたが、本当にこの立場での情報が少ないんです。誰にも言えないまま、人知れず苦しんでいる人は、多くいるのではないでしょうか。
批判を受けてしまうかもしれませんが、男性がカサンドラ症候群になる場合のポイントは、社会的に【口にするのも許されない雰囲気がある】ことではないかと思っています。【男性は家事に参加しないもの】や【子育てに向いていない】などの先入観が広く根付いていて、それらの愚痴はどこか“贅沢言っている”扱いにされることもしばしばあるのが現状です。しかし、その実、性差関係なく恐怖や不安を抱えていることには変わりがありません。
こぼせる場所が絶望的に少ないのです。だから現状に気がつくのも遅くなる傾向があるかもしれません(これは男女共にですが……)。
今回は、ひとりの男として抱えた、私の悩みを羅列して見たいと思います。これらは、本当に私が苦しんでいた当時、同じ立場の誰かに聞いてみたかったことです。

家事・育児のこと

一緒に住み始めた当初に多かったのは、【掃除や片付けができない】事でした。彼女の場合は“掃除”や“片付け”という言葉に触れないようにしている感じで、しかし、部屋が汚れてくれば自分を静かに責めていて、触れた途端に言い訳や不機嫌な反応が返ってきました。
【片付けられないパートナー】関連の情報を見る限り、そこで感情的になって『あなたがやればいい』とか『やろうと思っているのに言われると腹が立つ』などの強い反応や、『だってできないもの』という自分を責めるような反応に出ることが多いようです。中には『あなたにされると自分のやり方が確保できなくなるから絶対にやらないで』と言われたという方もいます。
例えは掃除ですが、これが食事を作ることだったり、ご近所付き合いだったりと、要は『出来て当たり前』などの通念と、人ぞれぞれのやり方が存在するような、複雑な家事や行事が問題になることが多い気がします。それらの共通反応は『苦手意識がある』や『把握ができない』ものへの不安行動が感じられました。結果的に感情的な拒否や癇癪、もしくはフリーズや離人状態などの思考停止が起こります。
この時に下手に触れると反発が強く、こちらに非があれば突かれますし、非の付け所がなければ本人が自責で潰れてしまい、余計にややこしくなる事があります。そうなると言葉尻を極端に取られて、淡々とした会話での解決が不可能に近くなります。
逆にいきなりこちらが軟化したり、解決に具体的に働きかけようとすると、【バカにされている】と取られることもあり、やはり危険です。支える提案もタイミングや視点がずれていれば、火種になりかねませんでした。
根本的には本人が【なぜ苦手に感じているか・出来ないことでどうなると思い込んでいるのか】を客観的に理解しようとする姿勢を持てなければ、建設的な話し合いを行なっていくのは難しくなります。
そして、その自覚を持ってもらうための働きかけが、関係性の悪化や夫婦の立場を恐れてしまい、なかなか動き出せなくなる部分でもありました。

必要とされない感覚

結婚前は会う度に喜びを伝えられ、でも『一人の時間』も持とうとする自立した関係を望んでいたようですが、いざ共に歩み始めるとその垣根は取り外されました。
ただ、“一緒にいてもひとり”。
そこには確かに居るのですが、どこか必要とされていないような、こちらが合わせ支え、伺うことが当たり前のような感覚。カトリン・ベントリー著書に同名の『一緒にいてもひとり』という本が出版されていますが、私はこのタイトルを聞いただけでうなる程でした。
これらの感覚は自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の特性として裏付けられた、彼女の持つ個性としての認知のズレを理解しなければ、まず人に説明できる不安感ではありません。
それこそ長時間穏やかに『うんうん』と肯定的に聞いてくれる人でもいない限り、自分の中で整理の付かない、モヤモヤとしたつかみ所のない閉塞感です。
特性の裏付けがあるがゆえのズレなので、本人も自覚するのは難しいでしょう。お互いの持つ通念がずれ、しかしそこに有効な答え合わせがない状態なので、堂々巡りが続きます。直接的に“その考え方はおかしい・人との付き合い方が冷たい”などを本人に伝えた所で、思想の問題になるだけで、待っているのは感情的な摩擦です。
本人もそういったズレに疑問を感じていたり、何かしらのトラウマを抱えていたりすることもあるのですが、そういった場合、感情的に反応されることは多くなる傾向にあります。
この時に特性に気がつける事は、ASDを知らなければ不可能に近いです。そして、物言わぬままに段々と、依存関係や距離感の取り方が相手のペースに流れていくため、気がつけば本心を確かめることも“刺激するのではないか・止めを刺すのではないか”と怖くなります。
無視をする、不機嫌を装うなどのショック療法的な行動も、リアクションありきの働きかけなので、それに気が付けない・気がついても別離不安や感情的否定だと受け取ってしまう相手には意味をなしません。自分の取る一般的な“距離感をはかる”行為は、そのほとんどが特性として苦手とされる範疇にあたると考えた方が無難なのですが、どこか期待を持ってしまうのはすでにこちらも依存関係にあるのかもしれません。

夫婦のスキンシップ

一時、皆無と言ってもいい状態でした。
あったとしても積極的に関わろうとしてくることはなく、余韻のないどこか事務的。これは男性女性関係なく、自信を喪失する大きな要素ですし、距離をさらに大きく感じさせる要因ではないでしょうか。
様々な関係性の不安要素がある時に、このスキンシップの足並みが揃わない事は、つながりのなさを決定的に思わせてしまう事があります。
実際は、本人は日中の生活だけでいっぱいいっぱいで、夕方にかけて落ちていく気分に支配されていくなど、そこに気が及ばないという事実があり、さらにそれを客観的に実感を持って“なぜ疲れているか”を持たないために本人も要領を得ないことだったようです。やがてはその“要領を得ない疲労感”に恐怖感や不快感を持つようになり、夕方以降はただただ沈み込むようにもなりました。
しかし、それも感覚鈍麻や認知のズレであると理解するまで、お互いに分からないままただ【ダメなんだ……】と沈んでいくことに。

パワーバランス

お互いの関係に支配される事の要因のほとんどは、【別離不安】ではないかと思います。
私たちは、正体の分かっているものに恐怖を感じ、正体のわからないものには不安を感じる』、オーストリアの精神分析学者で精神科医のフロイトの言葉ですが、同氏は『自我は危険を察知してるが、その危険を処理できない無力感が不安の正体である』とも述べています。
女性は男性に対し家庭のパワーバランスを取られていると感じ、その半面、決定的な家庭存続の拒否権は、女性が握っていると捉える男性は多いのではないでしょうか。
そのどちらも不安に帰依するもので、その不安の最終的な崩壊は別離です。どこかお互いに『これ以上は危険かもしれない』と不安を抱えている中で、関係性の存続に関わる事に触れるのは、恐怖でしかありません。
そんな時にふと関係の終わりや、価値観の違いを軽く言い捨てられる事があれば、絶望すら感じてしまいます。
相手が何を言うのか分かっている(想像だが)から恐怖し、しかしそれを何が発端で言われるのか解らないから不安する。そして、その危険性がどこにあるのか分からないから不安は確定的になる。動けるのに動けない、落ちる先が分かっているのに変えられない。動けば衝突し、動かなければ潰れてしまう。
……それでも決定的に爆発させられるような、破滅的な何かが起こるわけでもない。
家庭存続の拒否権を握られていると思っていて、そこにこれらのジレンマが加わると、気持ちを伝える一言ですらとてつもない重責になることがあります。

超私的な見解

一般的な夫婦でも男女の性質の差が原因で、論争や衝突を起こすことがあります。ただ、これはお互いに性質をよく理解しておらず、自分の性による性質を尺度として考えているから起こっていることがあります。
その時はその事態に絶望しているわけですが、関係性が絶望的なのかといえばそうではありません。耐えて何とかすれば根気の話ですし、性質を理解して何とかすれば和解です。これは私と妻の関係、私という“定型の範疇にあった人間”と、妻という“ASDの性質を持っていて、思考方法がそちらに寄っていた人間”である、私たち夫婦でも同じことでした。
その時は事態に絶望していますが、人間的なズレは絶望的ではなく、まず男女の性差のズレの先に、物事の“大小”や“どこまで”などの境界線にズレがあるという点です。上に挙げた私の悩みのケースも、多くの場合は性差やズレが根底にありながら、そのズレが何なのか、なぜ相手がズレていると感じているのかをハッキリとお互いに見つめられていない時に起こっていました。
特に妻自身が自分の苦手や不安の理由を掴んだ場合、それまでが嘘のように楽になるのは、何度もわが家で起こったことです。
あくまでこれもわが家のやり方なのかもしれません。でも、それらが分かるまでは絶望しかけていましたし、他にあげられている“こうすると良い”などは、どれも自分の環境では、どうもしがたい違うものだと思い込んでいました。抑うつ状態の時は、もう絶望的にそう感じていましたし、それが当然の事だと何の根拠もなく感じるなど、知らず知らずに自分の通念に締め付けられていました。
色んな方法はあるのかもしれませんが、私が楽になれたのはそういった、妻とのズレを客観的に見つめる事ができた時です。本人が不安の末に取る行動を見つけて、それにワンクッションおく方法を模索、同時に私自身もそうなることを理解し憶える。本人も“分からないから不安”がなくなり、終始パニック気味だったのが余裕を持つようになりました。
理路整然と会話で解決していけたのはそこからだったと思います。それまではとにかく問題が起きてぶつかって、反応の理由を見つけて、その気持ちの仕組を見つけての繰り返しでした。
よくASD、当事者の家族向けの書籍には『とにかく当人の特性を理解していきましょう』といった下りがありますが、当時の私では実感できませんでした。しかし、今は本当にそうだったんだなぁと先人の知恵に感謝しています。
特性=何を不安とし、何に別離を感じているのか
これも私的な図式ですが、私が最も手っ取り早い思考法でした。キレるのも癇癪起こすのも、フリーズ起こすのもそこにあるのは不安・恐怖です。それをここまで明確に出してくれているのですから、後は何が邪魔しているのかなど視点をクリクリしていれば分かりやすいです。それにその反応が起こっている以上、関係は絶望的ではないということです。

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タグ:カサンドラ症候群

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  • 夫。30代。
    定型。フリーのデザイナー。
    自宅で仕事をするかたわら、家事・DIY・訪問営業撃退に勤しむ。 本人は定型だが、何かしら発達障害との縁が深い。
    心労と過労で3度倒れ、一時はうつ状態に。 ところがどっこい完治なタフガイ。

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