ASDでACの妻と
アスペルガーのこども2人を持つ
定型夫の研究帳を公開します。

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手記

会話が苦手で続かない・失敗が怖い・謝るのが嫌│完璧主義の裏側

2014-07-09 Category:手記
自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)に限らず
・会話が苦手で話が続かない
・失敗が怖くて前に出られない
・人に謝るのが嫌で仕方がない
これらの自縛に苦しまれている方は、意外に多いのではないでしょうか?
また、学生のうちまではできていたのに、社会人になってから急にできなくなってしまったという方もあると思います。
わが家のASD当事者3人を見ているうちに、実はこれらの問題は当たり前に誰にでも起こっているのではないかと、よく思うようになりました。
原因を学ぶことが出来るのなら、その解決策からも学ぶことは出来るはずです。
今回は、自分らしさや積極性を縛る、完璧主義とその背景にあるものについてまとめてみたいと思います。

会話に入れない・続かない裏側

気まずい時などとは別に、ふつうに人に話しかけるのが不安だったり、億劫に感じてしまう場合です。
トラウマや痛手のある経験が原因になっていることも多いのですが、もうひとつの側面として、相手とのコミュニケーションに対して【完璧主義】になっている可能性があります。
・こんな事言ってつまらないと思われたらどうしよう
・反応がもらえなかったらどうしよう
・うまく話せなかったらどうしよう
・話す内容はこれでいいのだろうか
こんな事を考えて立ち止まってはいないでしょうか?
これ、相手との関係性や、コミュニケーションの理想像に対して、完璧主義になってる可能性が高いです。
逆に誰かが、あなたに話しかけてくる場合はどうでしょう。
おそらくそれ程に高度な話術で来るわけでも、とってつけたようなものでもなく、サラッと話を振られたのではないでしょうか。むしろあなたがそこで構えてしまい、話が終わってしまったこともあるかもしれません。
立ち振舞や会話の種を探すことなどに気を取られ、焦りと不安、緊張からのスタートになってしまいますので、いるだけでも疲れていく危険性があります。
わが家の場合は娘が特にこの傾向が強く、なかなかに屈託だらけでした。
……で取った対策は
【なにもしなくていい。自分が話したいことがあったら話す】
受け答えや言葉そのものより、結構表情や雰囲気の方が、相手に与える印象は強いものです。せっかく人が近くにいるのですから、リラックスするための練習にしてしまえば良いのです。
想像してみましょう。
『あー……、あははは』
緊張でガチガチの相手がリアクションで返した場合だと、【ついていけない・分からない・拒否】などの硬い印象を与え、リラックスしている様子でのリアクションであれば【肯定しようとしている・合わせる気がある・あんまりよくわかってない】など柔らかい印象を与えやすくなります。“あ”と“は”の二文字での構成ですが雰囲気によって大分印象が違ってくるのがわかると思います。
誰かがあなたに話しかけてきたケースではどうかといえば、単純にその話をしたかったり、雰囲気を和ませたかっただけで、将来的な人間関係や主従関係を考えるような試験ではなかったはずです。
群れで生きる動物ですから、一緒にいる人物がどんな人か知りたくなるのは、不自然なことではありません。警戒心の強い猫より、一応気にはするけどグテっと昼寝をするくらいリラックスしてる猫の方が仲良くなれそうな気がするように、人間同士でも硬直している相手には難しさを感じて相手も硬直してしまいます。
人間関係のジャッジにおいて【良い人か、悪い人か】や【優しい人か、怖い人か】などは最初の入り口だけで、その後は【こういう時はどう考える人か】【今、なにを考えているか】などの小さな判断材料を求めたり、ただ共感をして欲しいだけだったりします。
完璧主義な傾向のある方は、こうして特定のつきあいのうまい人達がこなすような、“自分から働きかける”などの難しい場所に目標を置いてしまい、早期で計画倒れになっている事があります。
相手はあなたが完璧主義だとは分かりませんから、ただ混乱して黙っている場合は、コミュニケーションの判断材料を出し惜しみしているようにしか見えませんし、信頼されていないととられかねません。まずはリラックスして、ゆったり質問に答えられる自分を保ち、相手のリラックスを誘うことです。
リラックスの演出のポイントとして、頑張りすぎる傾向がある方は、無理して目を見ないことだと思います。
そこに集中してしまって、言葉選びに気が及ばなくなってしまったり、相手が真顔に感じるとなにかしらの不安や強迫観念がつきまとう事があります。話したい相手がいる場合は、チャンスが有れば隣り合って座るほうがいいかもしれません。
視線を合わせるコツは、
真面目な話の時は4~6秒くらい相手の目を見たら、2~3秒えり元を見るなど、相手の体の範囲内でそらす感じ。リラックスの会話は目を見る時間の割り振りを逆に、もしくは【相手:~~じゃん? 自分:ああ、うん】などの、一区切りになる時や、相槌をうつようなタイミングで合わせるくらいでもいいです(毎回だと機会的なのでここでも完璧主義は捨てる)。
まずはあなたのリラックス、もしくはリラックスを感じさせる雰囲気が大切です。
ドラマや映画、ゲームと違って、台本通りやいくつかの選択肢が分岐になっているわけでもありません。
長く続いていて、未来と連続している現実での人間関係なので、いちいち完璧な答えを要求されるのではなく、あなたそのもののリアクションで、あなたの人となりの手がかりを見せることの繰り返しになります。
時折出てくる『ノリ悪くない?』『うわ、つまんね』とか平気で言ってくる相手がいるかと思いますが、全く気にすることはありませんし、相手のリアクションに面白さを求めている時点で、その人も面白く無いと自己紹介しているようなものです。
どうせその手合は『あー、最近人と喋ってなかったからリハビリ中』くらいで『ウケル』とか言い出しますので、おそらく取るに足らない人物です(あ、思っても言っちゃダメです)。

失敗が怖くて前に出られない・参加できない

自主的な判断なので、自分では“積極的判断”だと思っていても、後で“ああいうこともやってくれば良かった”と後悔する場合があります。
これは自分の傾向を把握していて、かつ、うまくいくかいかないかなどの“予感”が強い人に多いかもしれません。
人間、多くの場合は無駄な失敗は避けるべきだと考えるでしょうし、失敗に萎縮してしまうタイプの人は状況により避けたほうが賢明なこともあると思います。
ただ、何かに参加したり挑戦することは、その内容での一方的な成長だけでなく、副次的な経験の獲得が見込めることが多くあります。
経験上の【これは苦手なことだ】に従うことも大切ですが、実はその中にも【以前の失敗に反応している完璧主義的思考】があるのを忘れてはいけません。
無理して参加することはありませんが、不参加を選択した場合も【こうすれば・こうだったら出来るかもしれない】など、自分がそこで成功できる条件を、その日の夜にでも紙に書き出してみることをおすすめします。
また、以前の失敗も【ただの嫌なこと】と捉えずに、【なぜ失敗したのか】を、心の余裕がある時に紙に書き出すと肩がスッと軽くなるような発見があるかもしれません。
ポイントは文字で視覚化、そして気分が楽な時に行うことです。自分を見つめる作業にもなるので、コンディションの整った状況で冷静に行うためには、少しでもメモリが開放されている状況が必要です。

人に謝るのがどうしても嫌

自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)に関係なく、気がつくと謝ることが苦手になっている人は結構いるのではないでしょうか?
多くの場合はプライドが邪魔をして、自分の非を受け入れられない時に、意地を貼ってしまうパターンがあります。
もうひとつは意外と自覚症状がないのですが、【功罪・成否・善悪】といった両極思考が判断の枠組みになってしまい、相手との関係も含めた全てにおいての評価が、自らの謝る行為で決定されてしまうような不安にかられることです。
そうなると問われている問題が、【起こった問題について】なのに【人としての評価・能力】など、相手との視点や論点などもズレて平行していく危険性があります。
この両極思考が元となる感覚は、会話への苦手意識や、コミュニケーション事態への不安感の原因になっていることがあります。
以前に謝っても許してもらえなかった経験がある
そんな方の場合は、“なぜ、許してもらえなかったか”を考えてみるのもいいかもしれません。
時折、謝られる側は【謝られたら、よけいに腹が立った】なんてことがあります。
こういう時のパターンは
謝られたが、根本的にこちらが怒った理由を分かってもらえてない時
が原因になることがほとんどで、さらに
怒られるのが嫌だから、とりあえず謝った
に偏りすぎている時に起こるのではないでしょうか?
以前に許してもらえなかった過去があり、それに傷ついているのなら、この部分を考えてみても手がかりになるかもしれません。
過去の失敗の原因を理解しないまま、ただそこから逃れようとすると、いつまでも不安を内包したトラウマの様な状態になってしまうことがあるのです。
人間複雑なようでいて、感情の起伏や発端には、しっかり見つめると理由があるものです。謝れない時は、そういった過去の部分を修復するチャンスになることもあります。

自分が変わる時

人が成長し、性格や生き方が変わるのは、大きく分けて3パターンあると思います。
A・努力により成功体験や経験値を増やし、自分や物事を理解するようになった。
B・環境が変わり、そこにいる人々の思考や感覚を肌で感じ、知らずに同調していった。
C・自分の内面をみつめ、自分の弱さや苦手を正確に認識し、その自分を認めた。
A】はもう散々自己啓発関連や、精神論で言われてきているので、ここで語る必要もないでしょう。ただ、私はここで『自信をつける』ことが全てだとは思いません。自分の周りの出来事を理解しようとする姿勢を持ったことが大きいのではないかと考えます。
B】職場や学校、引っ越しなど、環境を変えたらグッと成長した場合などによく見られます。もちろん新たに再スタートを切るという、心理的なリフレッシュもあるでしょうが、環境に慣れるためにしていた観察が“人のふり見て我がふり直せ”的効果をうんだわけです。
思考は行動や仕草からも影響を受けますので、肯定的な気持ちで周囲と歩もうとしている時は、気が付かぬうちに相手の再現行動をとっていたりと、影響を生む状況が発生しやすくなります。
C】それまで“どうして私はいつもこうなのだろう……”と考えていた人が、ある時“ああ、私はこうなのだから、こうしていて良いのだ”と、自分の在り方に着地点を敷いた場合に起こります。これはよく言われる【自分を受け入れた時に成長する】という考え方の根本でもあると思います。
自分をマイナスに見ていたり、それ以上の踏み込みを恐れていた場合は、目の前の問題や不安要素に目を奪われがちでなかなか活路は見いだせません。
自分の在り方を認めておおらかに構えるのは、不安要素に意識を向けている必要がないので結果的に判断力が開放されたり、視界が広くなることがあります。
注意しなくてはいけないのは、“これでいいのだ”が逃げになっていないこと。こういう考えの時は頭に“どうせ”がつきます。問題は“自分を理解したから、それが活かせる方向を考える”ということです。
例えば熟考タイプが過ぎて、いつも周りから優柔不断とか、遅いと言われてしまい気にしていたタイプの人は、【自分は長考型で答えはちゃんと出せるから、先に公言しておこう】などお互いのロスにならないようにすると、熟考できて相手もしびれを切らさない事が可能になることがあります。
ABCそれぞれに違いがあるようですが、どれにも共通するのが【自分が自分をとらえる視点】の変化です。
【自分を変える】とか【問題を見つめる】場合によくあるのが、【ダメ・出来ないから問題だ】と個人への評価に縛られがちですが、ルールや社会通念などは多様社会に適応できるよう、そもそもが曖昧な定義のものが多いです。
社会での在り方や接し方に悩んでいる時は、“できる・できない”の両極や完全性にとらわれず、相手に自分を判断しやすいように、ありのままの考え方や状況を普段から知ってもらおうとするのが、最初の一歩を止めないコツかもしれません(……もちろん、相手を傷つけるなどの言動に繋がる場合は考慮は必要ですが)。

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  • 夫。30代。
    定型。フリーのデザイナー。
    自宅で仕事をするかたわら、家事・DIY・訪問営業撃退に勤しむ。 本人は定型だが、何かしら発達障害との縁が深い。
    心労と過労で3度倒れ、一時はうつ状態に。 ところがどっこい完治なタフガイ。

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