※この記事は【二つの事を同時にやるのが苦手】と言う方にも手掛かりになるかも知れません。
食器などをよく落とす。物をよく倒す。ちょっとした力加減を失い、勢い良くぶつけてしまったり、物の扱いがぞんざいになってしまう。
まず、これらはわが家の自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の当事者3人に共通して見られたものです。現在、長男と妻はほぼクリアしていて、実はここでの“概念”が非常に多くの【認知のズレの発見】につながったものでもありました。
娘は今ようやくこのトレーニング(と言うか考え方を浸透させている)に移行し始めたところですが、すでに一定の効果が見られ始めているので、わが家では重要な起点であったと考えられるポイントの一つです。
妻のケース
よく物を落としたり倒したり。特に夕食後の食器洗いや、初めて行く飲食店などで、こういった失敗が目立ちました。
本人は当初、手指の荒れが原因なのではないかと考えていたようですが、どこかこうなってしまうことを“仕方がない”と諦めている様子が見られました。当時の彼女によく見られた【いわれのない肯定感のなさ】を感じたものの一つです。
この頃はまだ“アスペルガー症候群”など、発達障害の存在を知りませんでしたので、ちょっとした神経症などではないかと不安になることも(一時は脳CTを受けた方がいいのではないかと思うほど頻繁に起こっていた)。
本人はこの失敗を幼い頃から自覚していたので、【もう、自分はこういう人間なんだ】と諦めていたそうです。しかし、この特徴はある時を境に激減し、今ではほとんど起こっていません。打開につながったのは、私が何の気なく発した一言だったそうです。
【今“持つ・~~へ運ぶ・~~に置く”って意識が薄いのではないか?】
実はこれ、この問題そのものではなく、彼女が色々な事に対して、どこか“他人事”な反応が多く、本人もそれを“どうしてなんだろう”とボンヤリと自覚していながら、離人的な反応がひどかった時に一緒に考えていた時の会話の一角でした。
その“浮世な感覚が原因で物を落とす事にもつながっているのではないか”と脱線して話したことだったので私にはあまり意識が残っていない言葉だったのです。
その“浮世な感覚が原因で物を落とす事にもつながっているのではないか”と脱線して話したことだったので私にはあまり意識が残っていない言葉だったのです。
しかし、彼女には画期的な変化をもたらした様です。
脳の省力化・流れる意識
【今“持つ・~~へ運ぶ・~~に置く”って意識が薄いのではないか?】
この言葉から発想を受け、彼女が実践したのは、何かを運ぶ時に心の中で“これを持つ・~~へ運ぶ・~~に置く”とひとつひとつの動作に注意して意識を置く事を試してみたそうです。最初はしっかり意識的に心の中で印象付け、やがて慣れてくると少しの集中力でひとつひとつの動作を“終わらせる”様になっていきました。
私自身、自分で発した言葉でありながら、この後、娘の診断から続く大きな波に翻弄されて、完全に失念していましたし、妻もそれについてわざわざ言葉にすることもしませんでした。彼女の口からこの話を聞いたのは大分後の事で、私自身にもASDについての基礎的な知識がつき始めていたので非常に興味深く、そこからひとつの仮説を立てました。
脳の省力化・流れる意識
脳は一連の行動をすぐに“流れ”として記憶化し、次回からは効率よく行動に移れるよう、“流れ”を思い出させて、ひとつひとつの動作の計算はしないようにしています。こうすることでかなりの省力化につながり、そのストレスも軽減されます。いわゆる“手慣れ”の状態です。
この時、“流れ”に対して一定のメモリを割いておきながら、他の“流れ”などを考えられるようになると、先に脳内で他の“流れ”をおさらいし、予備体験としてイメージ出来るようになり、これが作業しながら次の段取りを考えるなどの、複合的なマルチタスクの実行になっていきます。
彼女の場合、この“一定のメモリを割いておきながら”が、【出来ないのではなく、“流れ”や“動作”を実感する意識が薄いのではないか】ということです。
彼女が特に物を倒すなどの失敗行動が増えたのは、休日や夕食後の後片付けです。これはその後に“子どもをどうするか”などの、次の作業に気持ちが向かい過ぎていて、目の前の作業の実感力が失われていたのではないかと考えられます。また、初めて行く飲食店などでは、施設内を観察したり不慣れな環境を把握するために、多くのメモリを奪われる事になります。
この考えを元に、長男と娘の行動を観察していくと、非常に被るポイントが見えてくるようになりました。
終わらせる意識・実感しようとする意識
例えば娘がお風呂の時間ギリギリまでテレビを見た後、急いで風呂場に向かおうとすると、まず確実にテレビを消した後のリモコンはぞんざいに放り投げられます。同じくリビングを片付けて、次に子供部屋も片付けるとなれば、リビングでの片付ける動作のほとんどが投げつけるような、無自覚の乱暴な動作になります。
彼女は面倒臭がっているのでも、物を大切にしないのでもなく、最後に“その物をその場所に置く”という動作の完了に、最後まで意識が保たれていないのです。
この“終わらせる意識”の視点で彼女の行動を観察すると、
ドアの開閉
“お家に入る”の意識でドアを締める動作の意識容量が奪われているため、締めることはするが、力加減や後ろの人への配慮などを失念する
次に意識が行っている時の物の取扱い
片付け中や次のおもちゃへの興味に移った瞬間の“置く”動作。力加減はもちろん、今自分がそこに“置いた”意識が弱いため、よく見失う(次はそれを探す事に意識が持って行かれ、今持っている物への意識が薄れる)
手に何か持っている時、次の動作に移ろうとすると、それを“置く”発想がない
“手に持っている物に思い及ばない”というよりは、“今持っていた実感”が薄い。
感情が高ぶっている時の動作
不機嫌や怒り任せ、破れかぶれというより、著しく物を扱う動作への実感や意識を失っている。
などが顕著に見られる事が分かりました。
ある程度、説明から自分を顧みられる様に発育した段階から、これらの動作に対して“終わらせる意識”を説明しました。色々な説明をしましたが、一番概念として伝わりやすかったのは、意外にも武道の理念“残心”でした。
残心
私『例えばね、悪者に必殺技をかまして、相手が倒れました。でもそれは死んだふりでした。そんな時に背中を向けたらどうなる?』
娘『!』
私『……後ろからやられちゃうよね。だから空手とか武道をやっていると、その相手が本当に動かないかどうか、本当に戦いが終わったかをちゃんと分かるまで見届ける“残心”でのがあるの』
娘『ざんしん?』
私『そう、ちょっとむずかしい言葉だけど、残心の残は漢字で残すって事。心は心。そこに心を残すって事。君は例えばお絵かきをしている時に急いでお片づけすることになったら、“片付ける”事に心が向かうけど、今手に持って、置き場所に運んだ鉛筆立てを“倒れないか、ちゃんと置けたか”って最後まで見ないでしょ? “鉛筆たてはここだ!”ってポイっとして、すぐに片付けの続きにいっちゃうんじゃない?』
娘『!』
私『で、鉛筆立てバターンの、色鉛筆たちズシャーの、焦る気持ちがドヒャーだよね?』
娘『……!(驚愕)』
私『戦いに夢中になり過ぎて、相手が動かないかどうか確認しなかったら、次の相手と戦うのも危ないよね? お片づけも同じで、片付けるのは鉛筆立てだけじゃないんだから、鉛筆立てのお片づけがまず“置く”のが終わったかどうか心を残して、次の物を片付けに行く方が失敗がないと思わない?』
娘『……“おわらせる”。“おわらせる”』
現在、一つ一つを終わらせる動作を意識しているようで、ぎごちないながらも物へのぞんざいな行動はほとんど見られなくなりました。さらにこの概念のもう一つの利点が動き出そうとしています。
この概念を再認識する利点
慣れるまでは他のことを同時に考えるのは難しいかもしれません。ただ、それでも一つ一つの動作が完了するのを意識することは、生活に“実感”を持たせるにも有効なようです。また、この概念は実行する概念がなじみやすく、長く続けることが比較的簡単です。
先に“わが家では重要な起点であった”と述べていますが、この概念は単に行動での失敗を減らすことや、実感を保ちやすくするだけでなく、物事に対して“焦って飛びつく”反応や、シングルフォーカスからの復帰を早める利点もあったように思います。何より、普段から“実感する意識”を養うことと同じなので、感情に左右されない態勢や、“その時その時の自分の気持ちに気づく”というハードルの高い部分にも、アプローチするための土台を築くことになるのではないかと考えています。
ポイントとして
【2つの事が同時に出来ないのではなく、今、手の中にある一つ目の完了を明確に意識していない】
と考えた方がこの概念は考えやすいかもしれません。
【2つの事が同時に出来ないのではなく、今、手の中にある一つ目の完了を明確に意識していない】
と考えた方がこの概念は考えやすいかもしれません。
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中の人
夫。30代。
定型。フリーのデザイナー。
自宅で仕事をするかたわら、家事・DIY・訪問営業撃退に勤しむ。 本人は定型だが、何かしら発達障害との縁が深い。
心労と過労で3度倒れ、一時はうつ状態に。 ところがどっこい完治なタフガイ。
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