どこか夫婦で分かり合えない。
会話が続かない。
感情的になられて触れられない問題が多い。
自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)当事者の特性や気質によって、そのパートナーが強い孤独感や不安感、また“どうにもしようのない、やりきれなさ”に支配されてしまうことがあります。それは時に激しい抑うつ状態に陥ったり、自らの存在を否定してしまうような、強い自己評価の低下を招く恐れがあります。
こうした心理的な強迫状態から起こる、様々なストレス症状群や身体的、精神的症状を指して、【カサンドラ症候群(カサンドラ情動剥奪障害)】と呼ばれています。
今回は私自身の経験を元に、自分とパートナーとの関係に何が起こっていたのか、どうして抑うつ状態を引き起こす心理状態に陥ったのかをまとめてみたいと思います。実はここを理解するだけで、あの“やりきれなさ”はかなり解消されることがあります。
そして、この“理解”はASD当事者の方にも、ちょっと肩の力を抜ける視点になるかもしれません。抑うつ状態に陥るポイントは定型・非定型もさほど違いはないと思います。
抑うつは精神疾患とは限らない
なぜカサンドラ症候群の対策の話に、いきなり抑うつの話を持ってきたかというと、精神疾患としての抑うつになっていなくても、同じような心理状態になるほどの辛い状況は、夫婦の関係のあり方で簡単に再現出来てしまう危険性があるからです。
これが思いの外、自覚しにくく、想像以上に広範囲に渡って【やりきれなさ】を生み出す素になっています。
まず、心理的に追い込まれた人間が【抑うつ状態】になる事に対して、性格的なものや精神的な弱さだとする誤解がよくあります。正しくは、抑うつ状態は正常な心理反応です。自分の気分が低下してきた時、【うつは甘え】といった誤解があると、今そうなっている自分をさらに卑下して悪化を招く危険性があります。
抑うつ状態はその一定のレベルを超えた時に、医学的な治療が必要となります。でも、そこに行くまでの精神的な低下も抑うつ状態です。そこに数値化できるボーダーはありません。
つまり、誰だって抑うつになる可能性はありますし、程度の差こそあれ、実は誰もが体験したことのあるものなのかもしれません。自閉症スペクトラムが自閉症との連続体だと言うように、精神疾患からの地続きの心理状態であると考えたほうが、【うつは甘え】などという勘違いは起こらないかと思います。
その上で、人はどんなに心が強かろうが、賢かろうが恵まれた環境であろうが、とある特定の条件がそろっていると、抑うつ状態になる可能性があるのではないかと考えられます。
抑うつになりやすい環境条件
例えば酷い環境でないはずの職場でうつ病を発症してしまい、退社を余儀なくされた方々のお話を聞いていると、ある共通点が感じられました。
B:仕事をはじめ、様々なことへの相談が【そんなことは自分でやれ】という空気があり、些細な事でも相談がしづらい上、重要な相談事は煙たがられる傾向がある。
この条件にプラスα、その上司や同僚が【怒鳴る・無視する・嫌そうだが指摘はしない】など、解決に結びつかない割に、その独特な表面上のこびりつきやすい印象のリアクションがついてきます。
もちろん怒鳴られるなどの感情的な対応は苦痛になりますが、実際に抑うつ状態に引き込んでいる要因は、特に上記AとB2つの条件が大きいのではないかと思います。
─── 人に話すと、大した問題のある環境ではないのに、そこにいる時にじわりじわりと辛さを感じる。でも、それを人に相談するには、それを話題にできるほど、自分でもなぜなのか解らない。
この感じは私自身が自身の夫婦関係に感じていた、また自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の長男と娘に感じていた感覚に非常に近いものを感じます。
相手の真意が解らない
相手の真意や趣向が掴みにくい状況は、実際に話の主題にしたい事への配慮だけでなく、その時々の相手の顔色をうかがう必要が出てきます。
夫婦も職場の同僚も、関係性を簡単に破棄できません。何らかの問題があった時、その解決が迫られるわけですが、一緒にいる環境で相手の真意が分からないと進めにくくなることが多くあります。
実際に問題解決だけで済めばラクなのですが、そこに関わる相手の真意を察しながらというのは、問題のある状況そのものが【こちらの責任】の様に重くのしかかってきます。
この【こちらの責任】の錯覚が、事態をどんどん動かしにくいものにしていきます。
例え小さな問題であったとしても、一人でなんの相談もなく進めていくのは、その環境に属している以上、なんらかの衝突や不具合を生む事があります。これは今までの経験から培ってきた社会通念の様なものです。
その社会で上手く回すことはもちろん、今現在自分が進めていることが正しいことであると、誰かに共感してもらえることは、大きな安心感を得る材料でもあります。
では、なぜ相手はあなたに真意を見せないのでしょうか?
実はここを考える時、自己評価が低下していると、考えたくなくてもイヤな錯覚を生み出していくようになります。
自分はこの環境に上手く適応できていないのではないか?
自分はこの場に必要とされるほどの貢献ができていないのではないか?
自分はこの環境からズレているのではないか?
そして、
自分は何もできない、できていない人間なのではないか?
真意を見せない真意
真意を見せない(見せられない)のは、自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の場合、その特性から起こりやすいことではありますが、これは極一般的な社会において定型発達者でも簡単に陥るパターンでもあります。
例えば自分がその場にいて、その環境にいる人達と比べて、今自分が大きく劣っている設定にあったとして、あなたはどれだけ人前で発言できるでしょうか?
劣等感がある場合、まずその原因となる部分を隠そうとして、口数を減らしたり触れないようにすることはよくあることです。逆に、その劣等感を認めたくないが故に、その話題を逸そうと不機嫌を演じたり、感情的に否定することで場をコントロールする事もよく見られることです。
劣等感までとは言わないにしても、ちょっとした苦手意識でもこうした行動は起こります。
例えば人と話すのが苦手だと考えている人は、人前での発言を避けたり、発言の機会を避けようとしますが、そこに大きく関わっているのは【上手く話せなかったらどうしよう・こんなことを言ったら笑われるかもしれない】などの防御機構があると考えられます。
また、自分で教えることに対して不安があったり、その労力に今不安がある場合、人からの質問を同じような防御機構で返すことがあります。
自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の当事者の場合、まず、【0か100か】などの両極思考が原因で、相手からの疑問や質問に対して極端な反応をしてしまうことがあります。
自分に責任がないのに、その問題を解消できない時、自分に責任があるかのように捉えて苦痛を感じることを【責任の個人化】といいますが、この状態はASD当事者だけでなく、実は自己評価が低下している人誰にでも起こりがちな問題だったりします。
カサンドラ症候群に陥る最初の一歩は、実はこの【真意を見せない真意】を理解できないからこそ、いつしかパートナーも自分に責任があるかのような【責任の個人化】の発想に陥っている可能性があるのではないかと思えます。
人間関係において真意が見えないことは、現実の問題の『考えるコスト』を、何倍にも何十倍にも膨れ上がらせる事があるようです。
立場が見えないから苦しい
夫婦関係・職場・学校、どこでもそこで対人関係が起これば、相手と自分との問題です。なぜ、そこに問題が起きたかが分かれば、後はその問題を考えていくだけです。
しかし、お互いの立場がわかりづらくなると、途端に変動が激しくてややこしい感情的な問題のようになってしまいます。
相手が防御機構の様に、自分からの解決に動かず、こちらの対応に傾いている時の多くは、相手が何かしらのコントロールを望んでいる時です。
おそらくはこうした状況への表面的な対応に偏っているはずです。この思考は特に自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)当事者が特性として、無意識のうちに反応として返してしまうタイプの行動・選択です。むしろ、本人自身もこうして動いてしまうことを自身でわからず、苦痛を覚えている方もいるのではないでしょうか?
……さて、この中にはあなたという人間性を否定する内容が入っているでしょうか?
問題の構図をまとめるとこんな感じです。
④何が悪いのか・どんな立場なのか見失う
やはりこの中にもあなたという人間性を否定するものはないと思います。
自己評価が下がっていると、こうした時も【いや、でも今までがダメだったから、相手は嫌になって反応してるんだ】と思いがちですし、そうした論点で迫ると売り言葉に買い言葉でそのように返されてしまうこともあります。
これを防ぐのは案外簡単で、相手の苦手の理由を考えて当てはめれば、自分の立場がわからないまま【責任の個人化】に陥る理由がなくなります。
※テレビに夢中で邪魔されたくなかったなんてことも……
問題点は表面的で、しかし相談する余裕を瞬間的に確保できないため、受け取り方や返答が極端になっていることが多いのではないでしょうか(表面思考と両極思考)?
で、あればそこまでの質問が考えられる様になるのですが、今はここでそうした打開策をその場その場で考えられるようになるというより、こうした感覚を自分に浸透させるのが先かもしれません。
─── ああ、~~が苦手だから、応じないんだ!
限定的な思考
抑うつ状態の時、色々なことがどんどん解消しがたい難問だらけになっていくことがあります。他のアドバイスや情報を耳にしても【でも、うちは~~だし】と否定する姿勢から入ってしまい、発想が極端になることでそこにあるヒントを見過ごしがちにもなります。
これも能力や性格などの、個人のポテンシャルの問題ではありません。そうなるように心理的に反応しているだけのような気がします。
問題に対し、相手の真意が見えなければ問題は大きくなり、かかわる時間が長くなります。さらに自分がそこにどうしていればいいのかも見失えば、そこに問題意識があるのに【もともと何だったか解らない】ところに押しやられます。その状態でなかなか違う立場からの言葉を認識するのは難しいですし、自分の立場や問題の真意があやふやである以上、それを比較する事も難しくなるのではないでしょうか。
人間関係は生活の重要な基板ですし、また結婚となれば経済的・将来的・そして継続することへの自己評価や世間の目がついてきます。
このただでさえややこしい中に、こうした条件に則ったややこしいコミュニケーションのハードルがあり、しかし、なんの理解もないまま穏やかに超えられる方がいれば、もう鉄人です。
まずはパートナーの【苦手】とそのリアクションを正確に知り、自分に余計な責任がないことを実感していくことをおすすめします。ひとつひとつのリアクションに対する代替案や、認知のズレの修正などに働きかけるのは、この後からのほうがスムーズかもしれません。
また、当事者の方の場合、もしこれを読まれてご自身の行動に思い当たる事があれば、それを文字にして書き出してみてください。真意を見せない真意や、そのためのコントロールは、自覚を持つだけでも苦手を自覚して乗り越えるためのキーポイントになることがあるようです。
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中の人
夫。30代。
定型。フリーのデザイナー。
自宅で仕事をするかたわら、家事・DIY・訪問営業撃退に勤しむ。 本人は定型だが、何かしら発達障害との縁が深い。
心労と過労で3度倒れ、一時はうつ状態に。 ところがどっこい完治なタフガイ。